本展では、新作の映像インスタレーション5作品に加えて、吉田修一著の新聞小説『惡人』のための挿絵原画を、初めて全点展示公開します。それぞれの作品は、立体的な映像インスタレーションとして構成され、横浜美術館のグランドギャラリー(エントランス・ホール)と企画展示室全室を使う、かつてない規模の展示となります。
ここでは、それら出品作品について、束芋本人の言葉をご紹介します。(カタログ所収、作品ステートメントからの抜粋)
団地層
エントランスで展開するこの作品は、「断面の世代」展の目次的作品。
個人の趣味によって集められた家具たちはそれぞれの部屋に押し込められ、それらが部屋の所有者のキャラクターを浮き上がらせる。
《団地層》(イメージ)2009、映像インスタレーション
Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi
惡人(新聞小説『惡人』挿絵原画)
新聞小説『惡人』(吉田修一著)は‘人型’を丁寧に浮き上がらせる彫刻的な作品だと感じている。
文章から立ち上がる空気を本の間にはさんで作る押し花のように、二次元の紙の上に定着させることに努めた。
《惡人》(部分)2006-07年、墨・和紙 Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi
油断髪
新聞小説『惡人』の登場人物、金子美保がモチーフ。
「油断髪(ゆだんがみ)」は金子美保の人生が物語と交わった断面から、金子美保の見えていない人生を想像し作り上げる映像インスタレーション。繰り返される断絶を表現したい。
《油断髪》(イメージ)2009年、映像インスタレーション
Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

団断
団地を上から抉(えぐ)ったような空間構成。
抉られた空間の断面から、直列に繋がれていく隣室と、並列に展開するストーリーを覗き込む。
抉られた空間は鑑賞者によって補完されることを目的とし、今までの制作にも共通していた、作品と鑑賞者との関係を成立させる。
《団断》(イメージ)2009年、映像インスタレーション
Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

ちぎれちぎれ
入れ子状のいくつもの世界に囲まれて存在する普遍的な個という存在。個を取り囲む世界と比べると物理的には小さい存在である個。しかし、個の想像世界の広がりは物理世界を凌駕する。 空から見下ろすような感覚で無名の個と距離を保ちながら観賞する行為は、彫刻を眺めているようでもあり、三次元的空間を与えられながら立ち位置を固定され一方向からしか眺められないジレンマを観賞者に強要したい。
《ちぎれちぎれ》(展示イメージ)2009年、映像インスタレーション
Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi
BLOW
個の内側から外に向けて発散されるものを表現したい。
血肉のような物質的なものも、愛情や憎しみのような不可視のものも、個という袋に閉じ込められたものが外に放出されるとき、閉じ込められていたときとは違った形に変化し、成長していく。
空気や光に触れ、水が与えられ、周囲との関係の中で刻々と変化していく植物に例え、美しさだけでなく、艶かしさや毒々しさも表現する作品となることを期待している。
《BLOW》(イメージ)2009年、映像インスタレーション
Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi
