「トータル・エクリプス」京都版劇評
<演劇>の力を再確認できた快作 金田明子(フリーエディター・演劇ライター)
以前、テレビで大韓航空機爆破事件を題材にしたノンフィクションドラマを観た。当時を再現したドラマと、現在の関係者証言によるドキュメントを組み合わせた番組だった。ドラマとドキュメントが並行することで説得力が増し、興味深かった。
直後、京都を拠点とする劇団WANDERING PARTYの公演を観て、非常に驚いた。先述の番組の手法と似ているのに、それを上回った趣向の戯曲と演出だったからだ。
本作の題材は、80年代に市民を震撼させた「豊田商事会長刺殺事件」。舞台は現在の新聞社から始まる。当時の記者よる証言資料が、外部に流出したことで問題になっている。疑わしきは、その事件の特集記事を準備する記者と、刺殺されたナガイを取材したことのある記者。そこへ別の記者が、ナガイの自伝を入手したと告白する。時は溯り、1968年。舞台上では記者が自伝を読んでいる姿と、当時のナガイを巡るドラマが同時に進行、少年時代から刺殺されるまでのナガイの生涯が描かれた。
冒頭は、テレビのような実際の関係者が登場するわけではないので、普通に事件を基にした芝居が始まったように見えるだけだ。驚くべくは、ここから。現在と過去が同時進行するだけでなく、ナガイが時期によって3人の俳優(河合宏友・高杉征司・金本健吾)で演じ分けられる。しかも、過去の時系列が錯綜。ナガイ同士が会話するという奇妙なシーンまでも登場する。俳優たちは終始変わらぬ舞台セットのなか、ほぼ衣装を変えることなく、記者と当時の登場人物を自在に演じ分ける。この手法だと、観客が付いていけなくなるという危惧がある。誰が何の役をしていて、どの時代の話をしているのかが分からなくなると予想されるからだ。しかし、自然な描写を含んだセリフと説得力のある演技で混乱することなく、最後まで観ることができた。これは<演劇>でしか成し得ない表現だったと思う。
感心すべきは物語進行の手法だけではない。タイトル「皆既食」の通り、ナガイの光と闇をリアルに再現。さらには明治から昭和にかけて活躍したジャーナリスト・宮武外骨までも登場させ、事件当時問題になったメディアの在り方にも問題定義を投げ掛けた。
作・演出のあごうさとしは、神戸女学院の教授と学生がまとめた学術文集「報道陣の証言—豊田商事会長刺殺とマス・メディアー」を基に書き上げたという。事実との相互性が問題ではなく、当時の時代性と現代社会を対比させ、男の半生をオリジナルに立ち上げていた。上演に際し、各新聞社から後援許可を得たという徹底ぶりも特筆したい。
帰宅して早速、事件について調べるという行動に向かわせたことは、観劇後にも影響を与えるほどの力強い作品だったからだろう。
(「明倫art vol.93」2008年1月20日発行)

