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5月27日(土)、あいにくの雨の中、イサム・ノグチ探険隊が鎌倉を調査してきました。
最初に訪れたのは、ノグチが山口淑子と新婚時代を過ごした北鎌倉です。
ここはかつて、切通しによって街中から隔てられた山あいの土地でした。その閉じられた広大な敷地には、北大路魯山人の邸宅と窯場があり、ノグチは、1951年暮れ頃より、魯山人邸内の一角に移築された古い農家を借りて、妻山口淑子と暮らしていました。ここでノグチは、父のように慕った魯山人から、土、釉薬、焼き加減など、日本の作陶技術を学び、陶芸作品の制作に取り組みます。本展に出品されている陶器の作品も、この時期に制作されたものです。
現在では、ノグチと山口淑子が暮らした家やアトリエがあった場所は小学校に変わり、魯山人邸も残っていません。それでも、唯一残っている山門と、切通しの名残りのような高い崖などに、かすかに当時を偲ぶことができました。
続いて、北鎌倉の円覚寺境内にある蔵六庵を訪れました。ここは、幼いノグチが母とともに来日して間もない頃、父である詩人野口米次郎が、執筆のために滞在していた場所です。かつて夏目漱石も逗留したといわれるこの庵は、今も円覚寺境内にひっそりと残っていました。
最後に訪れたのは鎌倉の神奈川県立近代美術館です。ノグチが作陶に打ち込んだ1952年、ここでノグチの個展が開催されました。当時、神奈川県立近代美術館は日本初の公立近代美術館として開館(1951年)したばかりで、ノグチの個展には、魯山人の窯で制作した陶芸作品が数多く出品され、たいへん話題となりました。ここでノグチが発表した作品の中には、器としての用途を持たない彫刻としての陶芸作品がありました。こうした作品は、若い日本の現代陶芸家たちに大きな刺激を与えたといわれます。この時の個展パンフレットは、本展の会場内にも展示されています。
神奈川県立近代美術館の中庭には、ノグチが1951年に制作した石の作品《コケシ》が設置されています。男女を思わせる一対のコケシに、探険隊メンバー一同、幸せなノグチと山口淑子の姿を重ね合わせたようでした。
(木村絵理子)
投稿者 noguchi : 2006年06月03日 19:49