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2006年06月03日

イサム・ノグチ探険記 鎌倉編[5月27日]No.6

【調査地:鎌倉[魯山人邸跡、円覚寺蔵六庵、神奈川県立近代美術館]】

 バスにゆられて10分ぐらいの「山崎」で下車。
 ここから徒歩10分程のところに、イサム・ノグチとその妻山口淑子が魯山人邸の一部で新婚生活を送った地があるという。残念ながらイサム・ノグチ達が住んでいた所は現在、小学校となっており、裏山にはマンションが建っていた。だが、魯山人邸の門は残っていた。心なしか堂々としているように思えた。「イサム・ノグチは魯山人の下で陶芸を学び陶芸界に大きな影響(オブジェとしての陶芸:オブジェ焼き)を与えたんです」と学芸員の方。なるほど確かに、今でも木々がたくさんあり、まるで「となりのトトロ」に出てきそうな雰囲気で、空気はキレイだし、天才のもとで天才が学べばそれはいい作品が生まれるよなぁと一人勝手に納得してしまった。
 その後、バスで北鎌倉に移動。昼食を取った後、北鎌倉の円覚寺境内にある蔵六庵を見学。ここは夏目漱石も執筆の為、滞在した事があるという(現在はお寺の方が住んでいるため、こちらも門の外から見学)。この場所にイサムノグチの父野口米次郎がやはり執筆のために滞在したとのこと。母レオニーとイサムは米次郎とは別の場所に住んでいたから、ふたりは通っていたのだろうか。だが父は子供をもうけた別の女性と結婚してしまう。やはり女性としては、レオニーに同情してしまう。イサムノグチにも…。心なしか、寺の奥で木がうっそうとした中に家があったし、雨も降っており、少し感傷的になってしまった。ただ、「母レオニーが英語教師として生計を立てていたので、暮らしはそんなに貧しくはなかったと思います」との学芸員の方の説明に少し救われた気持ちになるが、やはり、イサム・ノグチの気持ちを考えると複雑になった。
 最後に、鎌倉の神奈川県立近代美術館にある中庭のイサム・ノグチのオブジェを見学して終わった。色々一日見てまわり、イサム・ノグチは、とても孤独だったのではないかと感じた。日本人の父と外国人の母との関係、自身も結婚後、約5年で離婚。個人的に、どことなくほんわかした感じがする作品が多い気がするのは、そういう温かい気持ちや雰囲気に憧れていたのではないか?孤独ゆえに芸術に情熱を傾けたのではないかと思った。
 イサム・ノグチの残してくれた様々な作品がずっと残るといいなと思った一日だった。
(横浜美術館市民ボランティア 小林純子)

no.6-1小林.JPG
1. 旧魯山人邸山門
no.6-2小林.JPG
2. 円覚寺蔵六庵入口

投稿者 noguchi : 2006年06月03日 17:37

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