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2006年06月03日

イサム・ノグチ探険記 鎌倉編[5月27日]No.3

【調査地:鎌倉[魯山人邸跡、円覚寺蔵六庵、神奈川県立近代美術館]】

 大船駅からバスで山崎小学校へ。バス停より、狭い道を15分程歩いたか?
 山がせまって来た頃、校庭の所に出た。
 イサム・ノグチが新婚時代を過した魯山人邸跡で、別棟に住み、生活したと聞いた。
 今は古い竹垣が道沿いに続き、苔むした風流な茅葺き屋根の門がまえで「○○庵」と出ているが、読みとる事が出来ない。魯山人が戸を開けて出て来そうな庵。イサム氏もここを出入りしたのだろうかと思った。
 今の小学校の時計のあたりが新居(2人の)で魯山人が食事を一緒にする時、鐘を鳴らして合図していた距離に住んでいたというが、今は激変しすぎて、ここでも年月を感じた。陶芸を初歩から伝授されたとの事。深い山々に囲まれた静かな場所は、新婚の幸せと、陶芸に対する新鮮な思いと発見、制作も、精神的にも意欲が湧いていたのではないかと思った。竹垣づたいに、ずっと奥へ入ってみたが、庭の手入れは行き届いていて、古い瓦屋根だけ見え、魯山人が使用した一棟に思われる感じだった。
 円覚寺へ移動。イサム氏の父上が執筆にこもった蔵六庵があるとの事で、今は住職の住いになっているようで、門に竹が渡されて、入る事は出来ず、古そうな変形してしまった石段が、うっそうとした昼でも暗い中に見え、執筆には良さそうに思えた。イサム氏の来日2ヶ月後という事は、母レオニーと訪ねたのだろうか。訪ねた事があったとしたら宗教的な何かも子供心に感じ取り、静寂さ荘厳さをも作品に影響されているのかなと感じ、改めて作品を見ようと思った。近代美術館の「こけし」は、イサム氏と山口淑子の一番幸せな頃の作品なのかも知れないなと感じた。
(横浜美術館市民ボランティア 成田 幸)

投稿者 noguchi : 2006年06月03日 17:31

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