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【調査地:藤沢・常光寺、茅ヶ崎・ノグチ旧居跡、菱沼海岸】
藤沢本町駅を出て、旧街道らしきバス通りを左方向へ10分ぐらい歩いた所に常光寺の山門がドーンと構えて私達を迎えてくれた。歴史を感じさせる荘厳な山門を入り、六地蔵の後に墓地がたくさんあった。学芸員の方はイサムの父上の墓をデザインしているので、すぐわかりますからとの事で、どんなのだろうか探してみる事にしたが、住職さんのお話を伺ってからだった。お寺の歴史、イサムの父上の事、色々一通り話されたが、なぜお墓のデザインをしたのだろうか?イサムの分骨もないとの事、お墓をみると三つの角石で出来ていて、二つの四角い石を両端にその上に長方形の石が乗り、ローマ字でサインのように父上の名が入ってモダンだった。作品の下は1mぐらいの台座に「詩」らしきものがはめ込まれていたが、イサムが、いつデザインし建立されたかは記されていなかった。三つの石で出来ているのは作品の「三」のこだわりなのか、それとも家族の絆(イサム、母レオニー、父)を表現したものなのか・・・・。イサムの事はプレートになかった。台座に義弟らしき方が施主とあるのみだったのは、淋しい気がした。
藤沢に昔は宿場のみで有名なものがないのなら「イサム・ノグチのゆかりがある所です」とアピールするのも一つの方法かも・・・・。
茅ケ崎に住んでいた頃の地は、面影はなく三角形の家は昔ありきで、土地も感じる事が出来ず松林公園の太い木々をみて、馬車の道か、けもの道を通学へ、海へ、と空気の良い自然の中で偏見と戦いながらも母レオニーと妹アイリスと三人でたくましくも、ハイカラな生活をし、成長して、自然の良さ、大切さを学び、作品にあらわれて行ったのではないかと思った。(横浜美術館市民ボランティア 成田幸)
投稿者 noguchi : 2006年05月24日 21:29