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【調査地:藤沢・常光寺、茅ヶ崎・ノグチ旧居跡、菱沼海岸】
第2回の訪問先は、野口家所縁の「常光寺」(小田急線「藤沢本町駅」より徒歩約10分)から始まりました。イサム・ノグチが設計したと伝えられる、父、米次郎の墓前に立って先ず驚かされたのは、私が考えていた墓の概念からは、程遠いもので、仏教徒や、キリスト教徒のそれとは違うものでした。美術館のスタッフが持参された花の置場所にも戸惑うような墓碑で、まして線香を立てる場所すらなく、本当にこれはイサム・ノグチの設計によるものなのだろうか、と云う疑念に、しばらくの間囚われてしまいましたが、ご住職の話を伺った後、再度、墓碑を見直して、最上部にセメントで作られた3個の大きなレンガ状の物が載せてあり、又、野口家の菩提寺である常光寺側で勝手にこの変わった墓碑を作る筈も無く、これは、やはり3の数字に拘った彼らしい作品ではないか、と納得はしましたが、正直に申しますと私には芸術家らしい片鱗が余り感じられず、少し淋しい思いで、常光寺を後にしました。
次に、少年イサムが家族と共に海水浴を楽しんだであろう菱沼海岸を訪ねました。茅ヶ崎で3番目に住んだ三角形の家(ここでも3の数字が重なり不思議な符号です)から、徒歩15分ほどの道程でしたが、途中には松林が広がり、往時は人家も疎らな上、車の往来も殆んどなかったでしょうから、少年イサムが駆け抜けて行けば、恐らく5分足らずの内に海岸にたどり着けたのでは?と、又、帰路には松林の中で、蝉、蝶々、かぶと虫などの昆虫や蛇等を追い回した挙句、数時間も掛かって帰宅したのでは?と、勝手に私の少年時代と重ね合わせながら、同じ道をたどり、再び三角形の家の跡地ではないか、と推測される場所を訪ねました。残念ながら、今回はイサム・ノグチの痕跡らしき物を、見いだすことは叶いませんでしたが、今から90余年前に、この三角形の家を、まだ10歳のイサム少年が母を助けて建てたそうですから、この時の体験が、3の数字に拘る、後のイサム・ノグチの原点になったのかも知れないなあーと、かなり想像を逞しくして、見学を終わりました。(横浜美術館解説ボランティア 匿名希望)
投稿者 noguchi : 2006年05月24日 21:23