2006年07月11日

展覧会の一期一会 「イサムズ・ウィークリー」のむすびにかえて

 「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」は6月25日をもちまして横浜での会期を無事終了いたしました。お陰様で大勢の方々にご観覧いただきました。担当一同心よりお礼申し上げます。
 今頃になって終了のご挨拶というのも遅すぎるとおしかりを受けるかも知れません。実は担当学芸は最終日から翌週にかけてが大仕事で、25日の閉館と同時に待機していた美術品輸送の人たちと会場の片づけ準備に入りました。翌日からは数日かけて作品の点検と梱包を行いました。ノグチの作品はご覧いただいたように様々な大きさ、形状、材質で、ものによってはパーツを複雑に組み合わせてあります。一見小さなものでも重量がけっこうあるため、1点毎に設置したときと変わりがないことをチェックしながら梱包する作業には、多くの人手と時間がかかります。作品毎に梱包の仕方も異なります。専用の木枠にサラシでがっしりと固定するもの、クッション内装付きの木製のケースに収めてふたをビスでしっかりと密閉するものなど様々です。今回初めて館外に貸し出す≪真夜中の太陽≫は、移動する前に表面をサラシと毛布等で厳重に養生・補強して、本体と台座部分がずれないようにサラシを巻いて固定し、前後からハンドフォークを差し込んで、そろりそろりと1Fまで運びました。搬出口近くまで持ってきたところで本体部分を天井クレーンでつり上げて木箱に収め、台座部分も同様にして別の木箱に収めます。この作品は本体と台座をあわせて2t近い重量ですので、石彫輸送の専門の方に運んでいただきました。ちょっとした気のゆるみも許されず、立ち会う我々も大変緊張する作業でした。梱包の済んだ76点の作品を美術品専用トラックへ積み込む作業だけでも丸1日を要しました。幸い事故もなく天候にも恵まれ、トラックに同乗して無事に次の会場の滋賀県立近代美術館に送り届けることができました。
 この展覧会に限らず、美術展は基本的に1回限りのものだと筆者は考えています。ある会場で、一定の文脈に基づいて集められた作品たちが、ある考え方の下に、分節された会場内に配置され、照明されます。作品たちはそれまでは別の場所のそれぞれの環境で保存されていたものですが、美術館の展示室で顔を合わせて、一緒になってひとつの空間を作り上げていくのです。こういう空間構成で、この作品とあの作品が同じ視野の中に現実に眺められる、そんな体験は、画集やメディアでは得られないものです。そしてまた、展覧会が終わってしまえば、全く同じ組み合わせの作品ラインナップを後から再現することはほとんど不可能なのです。たとえ同じラインナップであっても、会場が変わればそこには別の空間が立ち現れるのです。観る人にとっても、同じ作品を今観るのと、10年後に観るのとではきっと印象や感想がちがってくることでしょう。ですから展覧会は作品にとっても、観る人にとっても、学芸員にとっても一期一会だと思います。
 今回の展覧会と関連事業を通して、いかに多くの方々がノグチの作品に関心を寄せ、ノグチの人と芸術から心の糧を得ておられるかをつぶさに学ぶことができました。会期末に実施した来館者出口調査では、担当したボランティアのみなさんが、回答して下さった方々の知識の豊富さ、理解の深さに驚嘆したと口々に話しておられました。
 「イサム・ノグチ探険隊」と担当学芸のレポートをつづってまいりました「イサムズ・ウィークリー」は今回で終了いたしますが、横浜・神奈川ゆかりの彫刻家、横浜美術館の収蔵作家イサム・ノグチへの市民ボランティアと学芸員による取り組みはこれからも何らかの形で継続していきたいと考えています。どうか皆様のご声援とお力添えを今後もよろしくお願い申し上げます。
 横浜美術館所蔵のイサム・ノグチ作品6点につきましては、滋賀県立近代美術館、高松市美術館での「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」に貸し出しとなります。当館コレクション展での再展示は11月末頃の予定です。
 最後になりましたが、展覧会をご覧いただいた皆様、探険隊の活動にお力添えをいただきました皆様、レポートを寄せてくださいました市民ボランティアの皆様に心よりお礼申し上げます。そして、「イサムズ・ウィークリー」をご愛読下さいましてありがとうございました。(中村尚明)
 

投稿者 noguchi : 19:01 | コメント (0)

2006年06月23日

「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」出口調査

 6月12・13・17・18日の4日間、当美術館ではじめての試みとなる、企画展来館者出口調査が実施されました。
 今回の出口調査では、延べ21名の横浜美術館市民ボランティアのみなさんのご協力のもと、「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」をご観覧いただいた約300人の方々のご回答をいただくことができました。ボランティアのみなさんには、事前に作成した質問用紙を手に、展覧会を見終わったひとりひとりに声をかけて質問していただきました。始まる前は、少し緊張した面持ちだったボランティアさんも、調査終了後は笑顔で、美術館に何度も足を運んでくださっている方や、イサム・ノグチの素晴らしさを熱心に語って下さった方など、展覧会をみた様々な方との素敵な出会いを語って下さいました。皆様の貴重なご意見をもとに、今後もよりよい展覧会づくりにつとめてまいります。ご協力下さいました皆様、ありがとうございました。
 4月15日から始まった横浜でのイサム・ノグチ展も残りわずかとなりました。終了間近の今、この展覧会で行われた様々な関連イベントを振り返ってみると、ノグチの作品を通してたくさんの方々と出会い、共感しあう時間を持つことができました。
 「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」は、7月8日から9月18日まで滋賀県立近代美術館、9月29日から11月12日まで高松市美術館で開催されます。
(大塚真弓)

投稿者 noguchi : 11:01 | コメント (0)

2006年06月13日

イサム・ノグチのD.I.Y.とワークシート

 この展覧会の横浜での会期も早いものであと2週間足らずとなりました。お陰様でこれまで3万人を越す方々にご来館をいただいております。まだご覧になっていない方は是非この機会をお見逃しなく。会期は6月25日(日)までです。
 さて、このブログの最初に展示についてお話ししましたが、今日は<夢窓国師のおしえ>という作品についてお話しします。夢窓国師は鎌倉時代末から南北朝時代にかけて活動した禅の高僧です。若い頃から景勝の地を巡って自然の中で座禅修行につとめ、自然と人間の本性を究めて悟りを開いたと伝えられています。夢窓国師はまた、禅寺石庭の基礎を確立した人でもあり、西芳寺、天竜寺(いずれも京都)などの名刹の庭を手がけました。
 ノグチによる<夢窓国師のおしえ>は、本展覧会場の第二章「神話・民族」の入り口近くに展示されています。ブロンズで鋳造された庭石を思わせるパーツ5つを床に並べる作品です。ひとつひとつのパーツは接地する部分が水平になっていて、石の塊をスパッと切ったような形をしています。実はこの作品、5つのパーツをどのように配置すべきか、ノグチによる指示がないのです。過去の展覧会カタログや書物に掲載されたこの作品の写真を見ると、それぞれちがった置き方で撮影されていますが、いずれも仕切りのない床に5つのパーツをひとつひとつ離して並べています。
 ノグチは竜安寺や西芳寺など、禅寺の石庭に強い関心を寄せていました。彼は竜安寺(京都)の庭園について、限られたスペースに7つの岩が配置されているだけなのに、縁側に座って眺めていると、「庭が、広大な海原に島が点在する風景になったり、あなたが望むどんな無限の姿にもなる」とその魅力を語っています。石の巧みな配置によって、ほんの小さなスペースに無限の大きさが感じられる、ということでしょう。それは、石の大きさとその場のスペース(広さ)、周囲の壁やものとの関係、観る人の位置などを総合的に考慮してはじめて決定できるのではないでしょうか。
 展示室の作品配置図面をひく段階で、ノグチの石庭についての言葉を思い出し、この作品のためにあえて部屋のコーナーを活かして3角形の白い床面を作ろうと思い立ちました。高さ5cmほどのごく低い台座として、通路とはちがう坪庭のようなイメージを作りたかったのです。5つのパーツの配置を考える際に、夢窓国師作と伝えられる石庭の写真をいくつか見てみました。そこで気がついたのは、石をひとつひとつ離す配置は部分的にしかみられず、むしろ複数の石を密にかためて、例えば遠景に山、手前に岸、ときに島のような大きなイメージをつくり、それらを川や海のような空間で隔てているということです。 とはいえ実際に作品を配置する段になってみると、なんだか自分の迷いがそのまま配置に反映されるようで、何度もやり直しをしました。なるほど<夢窓国師のおしえ>の「おしえLessons」は複数形なのだな、と納得した次第です。ノグチは作品配置まで創作行為と考えていたのではないかと以前に書きましたが、この作品の<おしえ>は、いわばDo It Yourself(自分でやりましょう)というコンセプトと深く関係していると思うのです。
 彫刻は重みをどうやって支えるかが大切なポイントですが、作品の接地部分がどうなっているか、壁へのかけ方、台座への載せ方がどうなっているかを見るといろんなことが見えてきて面白いものです。そんなテーマのワークシートを展示室にご用意しています。是非トライしてみてください。(中村尚明)

投稿者 noguchi : 10:52 | コメント (0)

2006年06月03日

イサム・ノグチ探険隊が鎌倉を訪れました!

5月27日(土)、あいにくの雨の中、イサム・ノグチ探険隊が鎌倉を調査してきました。
 最初に訪れたのは、ノグチが山口淑子と新婚時代を過ごした北鎌倉です。
ここはかつて、切通しによって街中から隔てられた山あいの土地でした。その閉じられた広大な敷地には、北大路魯山人の邸宅と窯場があり、ノグチは、1951年暮れ頃より、魯山人邸内の一角に移築された古い農家を借りて、妻山口淑子と暮らしていました。ここでノグチは、父のように慕った魯山人から、土、釉薬、焼き加減など、日本の作陶技術を学び、陶芸作品の制作に取り組みます。本展に出品されている陶器の作品も、この時期に制作されたものです。
 現在では、ノグチと山口淑子が暮らした家やアトリエがあった場所は小学校に変わり、魯山人邸も残っていません。それでも、唯一残っている山門と、切通しの名残りのような高い崖などに、かすかに当時を偲ぶことができました。
 続いて、北鎌倉の円覚寺境内にある蔵六庵を訪れました。ここは、幼いノグチが母とともに来日して間もない頃、父である詩人野口米次郎が、執筆のために滞在していた場所です。かつて夏目漱石も逗留したといわれるこの庵は、今も円覚寺境内にひっそりと残っていました。
 最後に訪れたのは鎌倉の神奈川県立近代美術館です。ノグチが作陶に打ち込んだ1952年、ここでノグチの個展が開催されました。当時、神奈川県立近代美術館は日本初の公立近代美術館として開館(1951年)したばかりで、ノグチの個展には、魯山人の窯で制作した陶芸作品が数多く出品され、たいへん話題となりました。ここでノグチが発表した作品の中には、器としての用途を持たない彫刻としての陶芸作品がありました。こうした作品は、若い日本の現代陶芸家たちに大きな刺激を与えたといわれます。この時の個展パンフレットは、本展の会場内にも展示されています。
 神奈川県立近代美術館の中庭には、ノグチが1951年に制作した石の作品《コケシ》が設置されています。男女を思わせる一対のコケシに、探険隊メンバー一同、幸せなノグチと山口淑子の姿を重ね合わせたようでした。

(木村絵理子)

投稿者 noguchi : 19:49 | コメント (0)

イサム・ノグチ探険記 鎌倉編[5月27日]No.10

【調査地:鎌倉[魯山人邸跡、円覚寺蔵六庵、神奈川県立近代美術館]】

 今回の探検隊は鎌倉を訪れました。
 イサム・ノグチが山口淑子と結婚し、新居を構えたと言われている地へ向かいました。当時交友のあった北大路魯山人の勧めで、魯山人の住居の近所に居を構えたと言われています。現在はその地は小学校となっています。ちょうど校庭にある時計付近がノグチの住居があった場所のようです。今でも緑の多い地ですが、当時は今より山が迫っており、ノグチのアトリエは山に沿ってできていたことから内壁が山の岩肌だったそうです。北大路魯山人が住んでいたといわれる場所に、当時の門が残っていました。藁葺きでできた風情のある構えでした。時折鶯の鳴き声が響き、人里離れた山間の町といった趣がありました。ノグチはそれまでも陶芸作品を残していましたが、この地で日本の陶芸について魯山人から学んだようです。今までの陶芸は実用品としての作品が多かったようですが、ノグチはオブジェとしての陶芸作品を作り、日本の陶芸界に大きな影響を与えたと言われています。
 その後北鎌倉へ移動し、円覚寺を訪れました。円覚寺の蔵六庵はノグチの父親であるヨネ・ノグチ(野口米次郎)にゆかりの場所です。ヨネは、文筆活動のためにこの場所に滞在していました。イサムの母レオニーはヨネの英詩の手伝いをしていたので、何度かここへ訪れたかもしれません。ヨネはどのような気持ちでこの門をくぐっていたのかと思いをはせました。
 最後にノグチが開館後間もない頃に展覧会を開いた鎌倉の神奈川県立近代美術館へ行きました。ノグチの作品が一点展示されていました。「こけし」です。思わず微笑んでしまうくらい愛らしい表情をした作品でした。数週間探検を重ねた最後にこのかわいらしい「こけし」の表情を見て、ノグチの優しい心に触れたような気がしました。
(横浜美術館市民ボランティア 宮川朋子)

投稿者 noguchi : 17:44 | コメント (0)