2005年12月18日
見えるものと見えないもの
「李禹煥 余白の芸術」展の会期も、あとわずかとなりました。
美術館の前で、彫刻作品「関係項──鉄の壁」などの設置作業をしていた頃は、まだ残暑厳しい9月で、炎天下に置かれた鉄板は目玉焼きが作れるくらい熱かったのですが、今はその鉄板の上を木枯らしが吹きわたっています。
ところで、会期もわずかとなり、ここのところ、展覧会に来場される方の数が、かなり増えてまいりました。図録も展覧会終了前に完売しそうな状況です。NHK教育テレビの「新日曜美術館」で李禹煥さんが大きく取り上げられたこともあり、この展覧会への関心も高まっているようです。ちなみに、インターネットで「横浜美術館 李禹煥」を検索しますと、12,000件以上のトピックがヒットします。中には、ご自分のブログでこの展覧会を取り上げていただいている方も少なからずおられます。思いがけない感想や深い洞察に基づく展覧会評に出会えて、びっくりします。
こうしたブログなどを目にして、ひとつ気になることがあります。今回の展覧会では、李禹煥さんの彫刻を美術館の外に4点展示しているのですが、その内、1点を見逃しておられる方が、結構、いらっしゃるということです。その作品とは、「関係項──見えるもとと見えないもの」です。この作品は、美術館のフレンチ・レストラン「T's」の前にある芝生の一角、館のエントランス付近から見ると、巨大な「関係項──鉄の壁」の向こう側にあります。
さて、写真で見ていただくと、お分かりの通り、冬枯れた芝生の敷地の真ん中に、2枚の鉄板が並べ置かれ、その内の1枚の上に大きな石が載せてあります。あたかも、この石の重みで、鉄板が沈んでしまったかのように、左側の鉄板より右側の鉄板の方が少しだけ低くなっているのが分かるでしょうか。実際には、右側の鉄板は意図的に埋め込まれているのです。このように、人間の視覚の不可思議、見ることで得られる情報のあいまいさを作品に取り込む試みに、李さんはかなり以前から取り組んで来ました。
ところで、この作品のキャプションには、素材として、「鉄板2枚石2個」と記してあります。でも、石は1個しか見あたりません。もう1個の石はどこにあるのでしょう?実は、左側の鉄板の下に直径60cmほどの石が1個埋めてあります。ですから、この作品は「見えている」鉄板2枚と石1個、「見えていない」石1個で成り立っているのです。すなわち「見えるものと見えないもの」が作品を構成しているわけです。わたしたちが目にしているものは、わたしたちを取り囲む世界のちっぽけな一面に過ぎないということを示唆しているのでしょうか。 柏木智雄(担当学芸員)

「関係項──見えるもとと見えないもの」
撮影:柏木智雄
2005年12月05日
李禹煥さんの「照応」と屋代さんの「回転回」
前回のブログでもお伝えしましたが、横浜美術館では、横浜トリエンナーレの出品作家、屋代敏博さんが美術館をはじめ市内各所に出かけて、自分自身や皆さんを撮影するプロジェクト「アーティスト・イン・ミュージアム」が進行中です(12月14日まで)。予告のとおり、このほど、李禹煥さんの絵の前で屋代さん自身がくるくる回った写真作品が完成し、当館の「オルタナティヴ・スペース」に展示されました。
「モジモジくん」みたいな黒タイツに全身を包んで回転した屋代さんは、李さんの作品「照応」に文字通り「照応」するモノクロームの影と化して、渋くてかっこいい写真を作り上げました。先輩アーティストへのオマージュとして、また後続するアーティストからの批評として、エレガントな出来映えの作品です。李禹煥展のご鑑賞の帰路に、「オルタナティヴ・スペース」でご覧下さい。 倉石信乃(担当学芸員)

図版キャプション 屋代敏博さんの写真作品《回転回》(部分)。李禹煥さんの油彩画
《照応》(1994年作)の前で回る屋代さん自身が写っている。
2005年11月25日
いつもより多めに回ってます! 屋代敏博さん、李さんの作品の前で回る。
横浜美術館では、今、「李禹煥:余白の芸術」展の他に、「アーティスト・イン・ミュージアム 横浜」というアートプロジェクトを実施しています。このプロジェクトは、アーティストが横浜に長期滞在しながら、当館を中心に市内各所で作品を制作し、ワークショップを行うものです。いわば、皆さんとアーティストとの出会いによって、新たな表現や作品が生み出される、そんなプロジェクトです。今回は、アメリカ出身のロイ・スターブさんと埼玉出身の屋代敏博さんを参加アーティストとして招いています。
ここで紹介する屋代敏博さんは、横浜トリエンナーレ2005の参加アーティストでもあります。トリエンナーレ会場のあちこちに設置されたステレオ写真の覗きめがねをご覧になった方もおられるでしょう。あの作品を制作したのが、屋代さんです。さまざまな風景や建築の中に入って屋代さんがゆっくり回転します。これを長時間露光で撮影すると、屋代さんのからだは空間に半ばとけ込んだ不分明な回転体として写ります。身体・空間・時間といった現代哲学にも通じるような深いテーマをはらんでいると言えるでしょう。このシリーズは「回転回」と名付けられています。
今回、屋代さんは、その制作の場のひとつとして、李禹煥さんの作品が並んでいる展示室を選びました。回転するボードの上にうつ伏せになって屋代さんはゆっくりと回りました。李さんの作品空間に屋代さんの身体が、どんな風にとけ込んだのか、ちょっと気になります。屋代さんにとって納得のいく出来映えであれば、このときの作品は当館のオルタナティブスペースで公開されます。また、このオルタナティブスペースでは、訪れた皆さんが回転して、「回転回」シリーズに参加することもできます。是非、李禹煥展ともども、こちらのプロジェクトもご覧ください。 柏木智雄(担当学芸員)

李禹煥さんの絵の前で回る屋代さん。
撮影:柏木智雄
2005年11月13日
李禹煥さん、菅木志雄さん、「もの派」と自作について語る。
11月13日、日曜日、李禹煥さん、美術家の菅木志雄さんをお招きし、「もの派とその時代」をテーマにお話をしていただきました。司会は、90年代以降の現代美術について鋭い評論を発表されている松井みどりさんにお願いしました。
ところで、「もの派」とは何かご存じですか。 1960年代末から70年代半ば頃まで、日本の美術界に、自然素材や工業用の部材などをほとんど加工しないで、ある空間に配置して作品を成立させる一群の若いアーティストがあらわれました。この作家たちが後に「もの派」と呼ばれるようになり、現代美術の重要な動向のひとつとして注目されるようになります。李さんも菅さんも、この「もの派」の中心的な作家として活動をはじめました。
鼎談の冒頭、松井さんが、李禹煥さんの過去の著述の中から、「もの派」や李さんの作品について考えていく上でヒントになるキーワード(たとえば、「もの派」という言葉そのものや、出来事、構造といった用語)を選び出し、話題を提供しました。これをうけて、李さん、菅さんが、それぞれ、「もの派」という言葉の出自や当時の活動のこと、共に影響を受けた美術家・高松次郎の創作のことなどについて語り、さらに
「あるがまま」あるいは「無名性」といったご自身の評語や「作品における内側と外側」、「しぐさ」などの言葉をめぐって、活発な意見が交わされました。質疑応答の時間も加えますと、予定を超過して2時間ほどの充実した会となりました。
当日、松井さんが交通事情により遅れて到着し、満席状態のレクチャーホールで、ご来場いただきました皆様をお待たせし、本当に申し訳ありませんでした。今一度、お詫びいたします。 柏木智雄(担当学芸員)

右から李禹煥さん、菅木志雄さん、松井みどりさん。
撮影:柏木智雄
2005年11月04日
鉄を磨く。
今回、展示されている彫刻は、そのほとんどが鉄板と石でできています。そろそろ、会期の半ばも過ぎて、鉄板に赤いサビが目立つようになってきました。とりわけ、館外に設置した彫刻のサビは、李禹煥さんも驚くほど進行が早く、作品の外観を損なう懸念があります。海が近いからでしょうか、近年問題になっている酸性雨の影響でしょうか?すでに、展覧会のオープニングの前に2回、開会後に1回、油を塗ったのですが、サビの進行を止めることができません。 そこで、ボランティアの皆さんのご協力を得て、あらためて鉄板に油を塗ることになりました。使われる油は、ベビー・オイルです。当日は、李禹煥さんの指示のもと、ベビー・オイルをタオルに含ませて、丁寧に鉄板にすり込んでいきました。作業の様子をtvkテレビが取材し、当日の夜、9時半のニュースで放映されましたので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。
油を塗り終えた鉄板は、まるで別の物質ように生彩を放ち、どこか生き物めいて見えてきます。当初は、館外の作品だけ油を塗る予定でしたが、李禹煥さんの要望で、館内の作品にも油を塗ることにしました。最初は、ボランティアの石垣瞳さん、片平明子さん、佐々木真理さん、上田優子さんと担当学芸員の柏木・倉石、そして李禹煥さんの7名で作業にあたっていたのですが、途中から、アーティストの屋代敏博さんとアトリエ指導員の木下も加わりました。
ちなみに屋代さんは、横浜トリエンナーレ2005の参加アーティストで、当館の「アーティスト・イン・ミュージアム 横浜」というアートプロジェクトに加わり、11月3日から、館内のオルタナティブスペースで作品を制作しています。
「アーティスト・イン・ミュージアム 横浜」の作品そして、油を塗ったことで味わいの増した李禹煥さんの作品を観に是非ご来館ください。 柏木智雄(担当学芸員)

赤いサビが目立つ「関係項──6者会議」の鉄板。

ボランティアの皆さんと李禹煥さん(右から3人目)。左端は担当学芸員。
撮影:柏木智雄