「いいね」と、
今は亡き、北沢猛さんがいつもの調子でニヤッと笑いながら言った。
「いいでしょう」と今はアサヒビール芸術文化財団に戻られた加藤種男さんが応える。「舞鶴でもこんなんできんかな」とはるばる来横してきた舞鶴市職員の馬場さんと森口さんがつぶやく。お二人は東舞鶴の港湾にある旧海軍が所有していた煉瓦倉庫の保存再生を担当していて、僕も北沢さんとともにそのお手伝いをしていた。今は全員そのプロジェクトからは外れてしまったけど。
都市を使い倒す試みが気づかせてくれた
吉田町の良質な街路空間

「ラ・マレア横浜」(2008) 写真撮影:Shiori Kawasaki
街路を一本丸々舞台にしたパフォーマンス「
ラ・マレア横浜」(以下、「ラ・マレア」)の初日(2008年10月3日)の夜、おそらくはじめて道路が封鎖されて歩行者に開放された吉田町はいつにない人出だった。日常を過ごす方々とパフォーマンスを見に来た方々がごちゃ混ぜになって気持ちの良い賑わいができていた。当時、急な坂スタジオを牽引していて、今は東京に拠点を移しFT/10に力を注いでいる相馬千秋さんのディレクションで、アルゼンチンより招聘された若き演出家マリアーノ・ペンソッティが脚本・演出を手掛ける9つのショートストーリーが街路及びその街路を形成する建築空間にはめ込まれていた。律儀に順番に見ても良いし、ブラブラしながらふと足を立ち止めても良い。

「ラ・マレア横浜」(2008) 写真撮影:Shiori Kawasaki
一幕10分程度で、解説の字幕が道路に、あるいは建築に投影されているから、それぞれのパフォーマンスにすぐに入りこむことができる。僕たちも時には一緒に、時にはそれぞれに、その場を楽しんだ。そして、イベントが終わった後に、ついさっきまで俳優たちがパフォーマンスを繰り広げていたバーで、冒頭の会話が始まった。

「ラ・マレア横浜」(2008) 写真撮影:Shiori Kawasaki
「ラ・マレア」を演劇の観点から語るのは他の人に譲るとして、僕は「都市を上手く使い倒しているな」と思った。車がいなくなった吉田町は、とても良い街路のスケールを持っていて、かなりの人手にもかかわらず決して不快な空間にはなっていなかった。そしてのその快適な一つの理由は、どの建築も1階の天井高がかなり高く開放性が高いこと。普通より少し道路から離れている2階の一室を舞台にした芝居を見上げていると、建築の1階のおおらかさに気付くことができる。それぞれの建築は著名な建築家がつくったものではない。決して新しくもなく、かなり旧くからこの街路を囲んでいた名もない建築たち。でも、それは魅力的な街路空間の形成にきちんと貢献していて、歩く人のスケールにあった街路空間がそこに出現していた。そしてそのようなことは「ラ・マレア」のような都市を使い倒している試みを通して発見されることが少なくない。
同じように良質な街路スケールを持っていたのは東京の丸の内仲通り。今でこそ東京有数のショッピングストリートになったけれど、最初はただのオフィス街だった。ただ街路の幅に対して、建物の1階・2階をひとまとめにしたデザインのスケール感と、そのスケールに合った街路樹が整備されているなど、魅力的な歩行空間になり得る素質は十分に持っていた。今、大規模開発が進み、その魅力的なスケール感が矮小化されたり肥大化したりして少し落ち着きをなくしはじめているけれど、今でも十分に当初の街路空間の質は残っているので、機会があれば皆さんの身体で確認してみてほしい。
吉田町の街路も丸の内仲通りに負けていない。しかしながらやはり大切なのは発見の次である。それを次世代にいかすべくきちんと共有化していく取り組みこそが、都市デザインや建築デザインの役割のはずだけど、横浜でもそのような動きにはなかなかなっていかない。建築物の高さに制限があると、少しでも多く床面積をつくって儲けたい事業者は、背の高い1階を許さない。今、関内を歩くと、そのような押しつぶされた低い1階の集合住宅で溢れている。でも、今からでも遅くないからみんなで吉田町の街路の魅力を見直していきたい。
都市を使い倒した2つの試み
相馬千秋さんは、あと2つ、横浜を舞台に都市を使い倒している。
1つは、リミニ・プロトコルが構成・演出を手掛けた「Cargo Tokyo-Yokohama」(2009年11月25日~12月21日に開催)。
ドイツから運び込まれた、荷台の一面が透明なスクリーンになっているトラックに40人の観客が詰め込まれて、東京から横浜まで、日本の高度成長を支えた京浜臨海部を、荷物気分で運ばれるという、ロードムービーならぬロードパフォーマンス。
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「Cargo Tokyo-Yokohama」(2009) 写真撮影:石川純 |
もう1つは、黄金町・日ノ出町を舞台に行われたPortBの高山明さんが構成・演出した「赤い靴クロニクル」(2010年3月6日~14日開催)。自分の身体を頼りに、少人数で、時には一人で街に向き合い、街と交流するプロジェクト。昔の風俗建築、電話ボックス、高架下建築などの街の資産を、時には地元の方の、時には指示書に基づき巡っていく。
2つに共通しているのは普段余り馴染みのない都市にスポットをあてて、そこで日常的に活動している方々をさまざまなかたちで登場させていること。僕は、京浜臨海部はここ数年来研究フィールドにしていたり、黄金町・日ノ出町のことも近しい人がかかわっているので、場所の発見という意味での感動は少なかったかもしれないけど、自分が普段見ている都市や建築が、まったく異なる視点で切り取られていくさまを見ていくのは、刺激的だった。
都市を使い倒しながら、その結果を共有しながら:「新しい公共」へ
3つのプロジェクトに触れながら、星の王子の作者サンテグジュペリの「人間の土地」という著書の中の一文を思い出した。「ある一つの景観はそれを見る人の教養と文化と職能を通じて、はじめて意義を持ちうるにすぎない」。この国では今、その急速な都市化に伴って、都市や建築について共有し得る教養や文化が少なくなってきてしまい、職能と呼べる専門性も弱ってきているように思うけれど、今、まさにそんな時だからこそ、みんなで都市を使い倒しながら、そして、その使い倒した結果を見直しながら、その都市や建築の未来に何かをつなぐような意識を持ち、それを共有していく場をつくっていくことが大切である。これらのプロジェクトのプロモーションや、また体験者のリアルタイムの報告ということが、ツイッターのような新しいツールを活用し、なされていたことは興味深い。これからはさまざまな職能を持つ個人のつぶやきの集積が新しい教養や文化、つまり「新しい公共」をつくっていくのかもしれない。
著者プロフィール

佐々木龍郎[ささき たつろう](建築家)
1964年東京生まれ。東京都立大学(現首都大学東京)博士課程満期退学後デザインスタジオ建築設計室を経て株式会社佐々木設計事務所。
神奈川大学、京都造形芸術大学、東海大学、東京電機大学、横浜商科大学非常勤講師。横浜市立大学客員研究員。
千代田区景観アドバイザー。横濱まちづくり倶楽部理事。本町ビルシゴカイ住民。
横浜では最近では芸術不動産、海港横浜構想2059などに携わっている。