「20年以上使ってないみたいなんですよ」
横浜橋アートハウスプロジェクトは
そんな1本の電話が始まりだった。
アーツコミッション・ヨコハマの杉崎さんから、
「築50年のいい雰囲気の木造建築なんですけど、20年以上使ってないみたいなんですよ」
との電話。これが横浜橋アートハウスプロジェクトのスタートだった。概念としての芸術不動産を「アーティス拠点形成事業」という実際の仕組みとして展開していくために、2008年4月より財団法人横浜市芸術文化振興財団と横浜市開港150周年・創造都市事業本部により運営されるアーツコミッション・ヨコハマが事業化の正式な窓口になっていて、横浜橋はそこに寄せられた最初の相談だった。建物の所有者は銀座でギャラリーを経営している方で、地元の横浜の創造都市の具現化に少しでも協力したいという気持ちで連絡をしてきていた。横浜橋商店街から路地を折れてすぐの現地に赴くと、その昔、理髪屋だったというそのファサードはなかなか魅力的な佇まい。奥に向かって2つの木造建築が並んでいて1階が離れていて2階がブリッジでつながっているという不思議な建築だった。
しかしお金がない
学生改修チームが組織された。
オーナーから2年間賃貸という条件があり、その期間の家賃収入から税金その他諸経費を引いた金額=かけられる工事金額になる。その上20年以上もほったらかされているので設備関係は全滅。現地の向かいに菅原建設さんという地元の工務店があるけど、そこに普通に施工を頼むだけの金額にはまったく足りなかった。そんな時に、一緒に芸術不動産事業に取り組んでいた横浜市立大学准教授の鈴木伸治先生から、以前教えていた関東学院でセルフビルドの改修経験があり、今回のプロジェクトに興味を持っている大学院生がいるとのメールが入った。その大久保さんという学生に会ってみると、横浜国立大学や神奈川大学が研究室として黄金町・日の出町の再生に取り組んでいるのを見て、同じく横浜に拠点を置く関東学院でも是非何かやりたいとのこと。早速彼を中心に学生改修チームを組織してもらい、そこに現場監督として当時桜木町駅の東横線駅跡を改修した「9001」を手伝っていた田島孝通さんに加わってもらい、全体のお目付役と施工指導と設備工事(学生ではさすがに困難)を菅原建設の菅原さんにお願いした。そして、アーツコミッション・ヨコハマにも、同時期に東京工業大学の博士課程に席を置く中村さんがインターンとして加わり、このプロジェクトの過程を研究としてまとめていくことになった。
改修コンセプトは「引き算」
「足し算」が必要なときは「引き算」したものを使え
最初に着手したのは内部の物を搬出し20年分の埃を取り除くこと。TV番組『ビフォーアフター』さながら(というかほったらかされていたので更に悲惨)の状況だったけど、テレビと違うのはあんなに威勢良く壊さないこと。
というのも現地で建物の全体像を露にしながら、大久保さん達と一緒に改修の計画を練って行った結果、辿り着いたコンセプトは「引き算」。予算的に足し算する余裕がないのもそうだったけど、構成部材を外すことにより木造建築の空間の新たな可能性を引き出せないかと考えた。例えば共用部は床と天井を外して上下にスケールが拡張された不思議な開放感のある空間となり、各部屋の木製の天井は傷んでいる部分だけ外してポリカーボネイト板に置き換えることにより屋根裏空間の広がりを感じられるようになった。
そして、どうしても足し算が必要な場所は可能な限り引き算した素材を用いた。例えば共用部で剥がされた床材は同じ共用部の壁の補修に充てられた。解体作業がそのまま空間をデザインする作業に直結していく。それは学生にとっても僕にとっても新鮮で貴重な経験だった。
「先生、何か少し建物が歪んだような気がしてるんですけど」
大学でも実際の建築に向き合うカリキュラムを
しかしながら肝を冷やす場面もないことはなかった。ある日の大久保さんからの電話。
「先生、何か少し建物が歪んだような気がしてるんですけど」
「今どういう状況?」
「床補強用のコンパネをすべて2階に運び込んで一カ所にまとめて置いてそこで7人で休憩しているところです」
「・・・」
「先生、どうしたんですか?」
(気を取り直して)「休憩は下でした方がいいよ。それとコンパネは各部屋に分散して保管した方が良いね。その作業は余り大人数ではなく少人数で静かにやったほうがいいよ」
いくら建築を勉強していても当たり前の想像力がなかなか身に付かないのがこの国の現実。最終的に大きな事故も起きずに良かった。大久保さんはこの取り組みを修士論文として取りまとめ、紆余曲折はあったようだけど最優秀賞を射止めた。これからは、既存のストック活用が大事になるのが当たり前なんだから、大学もこのような実際の建築と向き合うカリキュラムをきちんと整備すべきだろう。
事業主体は公募
アートと建築とまちとを結びつけてくれる人材を横浜に
さて、アーティスト拠点形成事業のもう一つのキモは、アートと建築とまちとを結びつけてくれる人材を横浜に呼んでくること。そのため事業主体は必ず公募する。
横浜橋の審査委員はオーナー、地域住民の代表、アートの専門家と、建築の専門家など計5人。公募には異なった傾向の3組の応募があり、それぞれに企画点70点(内訳は「創造力」「発信力」「まちとの連携」「物件の適切な活用」)と価格点30点(最低賃料を設定し上乗せ分を点数化)の100点満点で採点。議論を経て、東京藝術大学の市村作知雄准教授が選出され、2年間の定期借家契約をオーナーと結んだ。市村先生は自身が支援するアーティストを中心に
Yokohamabashi art picnic TOCOを現在運営している。
ほったらかし建築を再生せよ!
建物は「使い続けないといけない」もの
誰が再生するのか、再生したものを誰が使いこなすのか、とくれば、やはり一番肝心なのは「どの建築を再生するのか」ということになる。この4月より拠点形成事業の仕組みを発展させて「芸術不動産リノベーション助成」をスタートさせ、建物所有者に対しての呼びかけをはじめている。そこで愕然とするのは関内、関外地区のほったらかしビルの多さである。築30〜40年でほったらかし歴10〜20年はざらである。ビル丸ごとほったらかしのケースもあれば複数階ほったらかしというビルも少なくない。そうなってくると建物単体の問題ではなくて安全面、防犯面、災害時対応など地域という広がりの問題にならざるを得ない。そのため、ここ横浜では芸術不動産は単に芸術、文化で都市を再生するという側面のみならず、実は高密度低利用化している中心市街地全体をいかに再編するのかというテーマにつながっていかざるを得ない。そのため可及的速やかに、ほったらかし建築の再生に関する法規整備、資金調達の仕組みなどを総合的に議論し整備した方が良い。
ただ、それ以前の問題として「ほったらかし建築をいかに少なくしていくか」という努力は必要である。やはり建物は人間の身体と同じで「使い続けないといけない」ものであり、ほったらかすとすぐに衰えていってしまう。それを防ぐには、とにかく暫定利用などを積極的に導入して建物を使い倒していくことが必要であり、そうすることが、将来の建築や都市の在り様につながっていくはずだ。
ということで、次回は、まちを直接フィールドにしたアートイベントを紹介しながら、「まちのつかい方」と「まちのつくり方」の関係を考えてみたいと思います。
著者プロフィール

佐々木龍郎[ささき たつろう](建築家)
1964年東京生まれ。東京都立大学(現首都大学東京)博士課程満期退学後デザインスタジオ建築設計室を経て株式会社佐々木設計事務所。
神奈川大学、京都造形芸術大学、東海大学、東京電機大学、横浜商科大学非常勤講師。横浜市立大学客員研究員。
千代田区景観アドバイザー。横濱まちづくり倶楽部理事。本町ビルシゴカイ住民。
横浜では最近では芸術不動産、海港横浜構想2059などに携わっている。