
| 日時: | 2010年3月14日(日)14:00/18:00 |
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| 会場: | BankART Studio NYK 2Fライブラリー |
| 詳細: | http://sakuraen.blogspot.com 本誌vol.4 What's UP? |
さくら苑の音楽は、持ち運びのできない音楽だ。
小沼純一さんは、著書『サウンド・エシックス』(平凡社)で、持ち運びのできる音楽と持ち運びのできない音楽がある、と書いている。例えば、バリ島のガムラン音楽は、持ち運びのできない音楽で、バリ島のヒンズー寺院から切り離して、東京のコンサートホールに移動してきても、本来のバリ音楽とはかけ離れたものになってしまう。こうした持ち運び不可能な音楽は、現地に行って体験しないといけない。だから、バリ島に行ってバリ人の祭りに遭遇しない限り、本当のバリ音楽を体感することはできない。
だからぼくは、持ち運び不可能な音楽を訪ねて、さまざまな場所に出かけていく。お年寄りの生の音楽に出会いたくて、特別養護老人ホーム「さくら苑」を初めて訪ねたのは、1999年1月だから、10年以上も前のことだ。現代音楽の作曲や即興音楽と無縁なお年寄りの感性が、野村誠に出会うと、どんな音楽が生まれるのだろう?そんな謎を探求しつつ10年間に100回近く、さくら苑を訪ねた。その間に、さくら苑では、独特な音楽が熟成し始めたし、多くのメンバーは旅立たれ、また新たに入所されたお年寄りが新メンバーになったりした。

残りの人生が決して長くはないお年寄りとのセッションは、かけがえのない時間で、一瞬一瞬が貴重だ。と同時に、非常にゆったりした贅沢な時間でもある。いつ始まって、いつ終わったのかも曖昧なのんびりした時間の僅かな隙間から、きっかけを見つけ、ぼくとお年寄りは集中して音楽を生み出す。しかし、その一瞬の音楽は、あまりにも密やかに行われるので、初めての見学者はほぼ確実に見逃してしまうだろうし、気づいたとしても、すぐに忘れられてしまうのだ。時に、民謡のようだったり、即興だったり、何かが引用されたり、リズミカルでトランスしたり、非常に微妙なニュアンスがあったり。ぼくは、この愛しい音楽を、何らかの形で作品化して発表したいと思った。

まず、安直に考えたのは、どこかでコンサートをすること。ところが、お年寄りが出かけることは、体調面から、実現が難しい。では、老人ホームを会場として公演を行うのはどうか?不特定多数の観客がホームに入場することは、衛生面で考えて難しい。抵抗力の弱いお年寄りたちの健康に大きく関わる問題。どうやって公演の形をとっていいか分からないうちに、10年の月日が流れ、その間に多くの方々が旅立たれた。
そんなある日、お年寄りとのセッションの様子をビデオに撮って、お年寄りとその場で鑑賞してみた。すると、思いのほか、お年寄りたちが喜んだのだ。そして、お年寄りの一人の 樋上さんが
「こういうのを身内に見せると喜ぶと思う」
と、ぽつりと呟いた。その呟きを、ぼくは
「こういうのをYouTubeで見せると喜ぶと思う」
と聞き間違えた。お年寄りの口から”YouTube”という言葉が出るのが意外だったが、老人ホームの映像をYouTubeで全世界に発信するのは、面白いし可能性があると即座に思った。老人ホームでの特異なセッションを映像にして再構成しよう。持ち運びのできない音楽から、持ち運びのできる音楽/映像作品を組み上げること、映像を起点に新しい音楽を再創造をすることこそ、作曲家としてやりがいのある仕事だと思った。「老人ホーム・REMIX」という作品タイトルが思いつき、ワークショップ・コーディネーターの吉野さつきさん、映像の上田謙太郎さんとのコラボレートが始まった。

エネルギッシュなドラムセッションを集めた「ドラムスコ」、80年ぶりに演奏した八木さんの大正琴「大正琴REMIX」、ぽつりぽつりと弾くピアノを集めた「たどたどピアノ組曲」、名シーンが目まぐるしくコラージュされた「セッション」、しっとりと美しい「わいわい音頭変奏曲」など8つの映像作品を完成させ、その映像とピアノで共演することにした。映像を作成する時は、後でピアノで共演しやすく作るというよりは、一つの音楽作品を作るつもりで、映像の中から名演奏の場面を抽出した。また、映像作品の多くは、短い映像を何度もループしていて、こうした名演奏の独特な間やニュアンスが、より濃密に出てくるように強調されたと思う。

完成した映像は、いいところの選りすぐりで、かなりクオリティも高ければ、表現力も豊かだった。この映像に合わせてピアノを演奏してみると、こちらの演奏が、平板だったり、少し気後れや迷いがあったりすることを、突きつけられる。これでは、全然ダメだなぁ、と思いながら、映像に合わせて、何度も何度もリハーサルを重ねて、本番を迎えた。
コンサートの本番で印象深かったことは、終演後、お客さんが席を立たずに、アンケートにじっくり記入していってくれたことだ。アンケートの回収率は、入場者の60%近くだった。これは、通常のコンサートではあり得ないほどの割合で、公演を見た後に、感じた何かをアンケートに書きたい、という気持ちが沸き起こったのだろう、と思う。
こうして生まれた作品群,ピアノと映像上映さえできれば再演が可能なので、今後も再演を重ねていきたいと思う。また、今後、この作品にダンスを加えたダンス作品化など、次なる展開も試みてみたいと思う。そして、元気に長生きすることができるならば、40年後の2050年に、2010年のお年寄りの映像と、80代になった自分が共演することも楽しみに思う。
野村 誠 [のむら まこと]
1968年生まれ。作曲家。横浜市にある特別養護老人ホーム「さくら苑」で、「お年寄りとの共同作曲」活動を1999年から始める。
また、銭湯のお湯を演奏する「お湯の音楽会」、動物との即興セッションを映像作品として発表するなど、
既存の概念にとらわれない幅広い活動を続けている。