ヨコハマ創造不動産

「芸術不動産」という言葉の生みの親の一人、建築家佐々木龍郎さんが、不動産を切り口に、まちとクリエイティブとの関係を紹介していきます。

vol.1 芸術不動産的なもの

芸術不動産とは


「いろいろ高尚な話をしたところで芸術家も不動産で寝起きするわけだし、不動産で制作するわけだし、不動産で発表したりするわけだから、まーとにかくこれからは不動産をきちんとしていかないと創造都市なんて絵に描いた餅だよ」というノリで芸術不動産という言葉が立ち上がったのは2004年。その印象に残る強いネーミングの言い出しっぺである3人、櫻井淳(櫻井淳計画工房)、鈴木伸治(横浜市立大学)、佐々木龍郎(佐々木設計事務所)の手掛けていることはまだまだ多くはないけれど、芸術不動産という言葉の括りに含まれるであろう出来事は少しずつ増えてきている。一方で少しずつ減ってきているのも少しこわいけど。
もともとこの街では横浜市こそが芸術不動産業の最大手である。旧第一銀行横浜支店、旧富士銀行、旧関東財務局、旧東横線桜木町駅舎、旧老松会館(結婚式場)などの歴史建造物等を取得・整備し、そこにBankART1929、東京藝術大学大学院、ZAIM、創造空間9001、急な坂スタジオ、とさまざまなクリエイティブコンテンツをあてはめてきた。また、日本郵船や京浜急行などの民間事業者と連携し、彼らの所有する倉庫や高架下などの豊かな空間を賃借・整備し、BankART Studio NYK、黄金スタジオ・日ノ出スタジオなどに生まれ変わらせていった。黄金—日ノ出エリアでは京急高架下だけではなく、そこに隣接・近接する民間の極小スペースも賃借・整備し、エリアマネジメントに挑戦している。ただ、ここで逆の見方をすれば、市が不動産事業者としてあまりに優秀過ぎるために、民間事業者に頼ることなく、ここまでできてしまったのも事実。だから、芸術不動産に取り組むにあたっては、民間事業者を刺激して、市の取り組みとの相乗効果をつくりだしていきたいという目論みがあった。

北仲BRICK&北仲WHITE:最初で最大の芸術不動産


そのような状況の中で芸術不動産的な取り組みの、ほぼ最初にして、今にいたるまで最大の出来事がいきなり立ち上がった。北仲帝蚕倉庫地区の再開発に伴い、取り壊されるはずだった二つの歴史的建造物の時限活用「北仲BRICK&北仲WHITE」である。仮囲いの中に入れられて解体を待つはずだっただけの建物を、2005年5月から2006年10月までの18ヶ月の間、仮囲いの線形を変えて外に出したところ、たった3ヶ月の間に50組強のクリエーターが参集し入居した。建物の魅力とその家賃の低さに惹かれて、とは言え、この奇跡的状況は、事業者である森ビルの理解と協力もさることながら、BankART1929などの先行事例の実績の積み重ねが、彼らの決断を後押ししたことは間違いない。そして何よりも良かったのはWHITEが解体され、BRICKが使えなくなった今でも、その50組強のクリエーターたちは結構横浜に残っているし、さらに新しく横浜に来る人も少なくない。確かに皆「横浜楽しいよ!」と口々に言うし、似たような人種が集っているから生活は楽しい。問題は横浜にそんなに仕事がないことぐらいだ。

本町ビルシゴカイ:住民会議を組織しマネジメント


さて、よそ者に冷たいド田舎横浜のご多分に洩れず、森ビルに続く民間事業者がどんどん現れることにはならなかったけれど、例えば、本町ビルシゴカイは、北仲の活動を道路の向かい側で眺めていた民間事業者が、自分たちの使っていないビルの四階と五階部分を賃貸してくれているプロジェクトだ。BankART1929代表の池田修さんが話をまとめてくれて、北仲から建築設計事務所を主に約15組のクリエーターが移ってきた。芸術不動産で一番大切なのはその建築を魅力的に運営していくための人や組織である。シゴカイの場合は入居者全員で住民会議を組織して、一般の方々に仕事場を開放するシゴカイオープンというイベントを企画運営したり(それが今や「関内外オープン!」という地域イベントに育ってきている)、活動の記録をシゴカイボンとして書籍化したり、月に一度、ビルのまわりを清掃したり、さまざまなレベルの活動をマネジメントしてきている。近隣のエリアでもシゴカイに先んじて万国橋の袂の民間倉庫を転用した万国橋SOKOがスタートしたり、関内の松島ビルという小振りなテナントビルに横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSAが入居したり(今はまた三ツ沢の山に戻ってしまったけれど)、また馬車道の大津ビルには、遡ることほぼ10年前から建築家が多くオフィスを構えるなどしていて、つまり旧い建物を活用しながら創造都市の担い手となるクリエーターたちが居続けられるような環境が整いつつあった、ように見えた。

クリエーターが街に居続けてこそ

しかしながら前途はやはりそんなに揚々としたものではなかった。北仲BRICK&北仲WHITEは今はもうない。サブプライム問題があと半年から1年ぐらい早く発覚していたらまだそのまま佇んでいてクリエーターの不夜城と化していたかもしれないけど、今はブリックと一棟の倉庫のみがいつになるか判らない再開発の再開をポツンと待っている。北仲からのクリエーターの受け皿のひとつであった日本大通りに面したZAIMも耐震補強のためクローズ。そして僕が入居している本町ビルシゴカイも実は先はあまり長くはなく、周辺の建物の家賃は決して安くない。

シゴカイボンの編集後記にも書いたけれど、僕たちクリエーターが街にできることの一つはおそらく「街に居続けること」で、居続けてさえいればいろいろなことが興る可能性がある。でも、その「居続けること」がかなり難しい。仕事の事情、会社の事情、所員の事情、家族の事情、ビルオーナーの事情、自治体の事情、社会の事情、経済の事情などなど…。そのような困難な状況の輻湊の中でぎりぎり成立しているのが、芸術不動産的な居続け方だと思っているし、その居続け方を大切にしていきたいと思っている。
ということで次回はアーツコミッション・ヨコハマが取り組んでいる芸術不動産モデル事業を紹介します。

著者プロフィール

佐々木龍郎[ささき たつろう](建築家)

1964年東京生まれ。東京都立大学(現首都大学東京)博士課程満期退学後デザインスタジオ建築設計室を経て株式会社佐々木設計事務所。
神奈川大学、京都造形芸術大学、東海大学、東京電機大学、横浜商科大学非常勤講師。横浜市立大学客員研究員。
千代田区景観アドバイザー。横濱まちづくり倶楽部理事。本町ビルシゴカイ住民。
横浜では最近では芸術不動産、海港横浜構想2059などに携わっている。


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