Catch UP? イベントレポート

創造界隈で行われたイベントを記録写真でレポート。

束芋 断面の世代

会期: 2009年12月11日(金)〜2010年3月3日(水)
会場: 横浜美術館
詳細: http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2009/exhibition/tabaimo/

束芋の違和感

初期の(といってもまだデビュー10年だが)《にっぽんの台所》、《にっぽんの横断歩道》の頃から彼女の作品を見ていたが、アート界が盛んにもてはやすのとは対照的にいつも微妙な心の齟齬を感じていた。身体を切り刻んだり、内臓を露出したり、殺人が起ったりするスキャンダラスな場面が多いゆえではない。また「ガロ」風の筆致が、ノスタルジーを計算しているかのようなあざとさを感じさせるからでもない。

その違和感の理由が今回の展覧会を見て少し解ったような気がする。時代認識の違いなのだ。会場にレタリングされたテキストでも彼女は自らの作品を世代論で語っているが、違和感の生じる理由は、世代というよりも彼女が気にかける70年代の日本という時代に対する認識の違いによると言ってもよいだろう。

人は精神的な外傷を受けたとき、外傷を受ける直前の記憶に回帰するという。これを世代という集団にも当てはめれば、高度経済成長以降に生まれ貧乏くじを引いてきた彼女たち「団塊ジュニア」にとっては、自分たちがもの心つく直前の時代、つまり「団塊の世代」の青春時代がもっとも懐かしいということになるのだろう。だから彼女は、自分たち「団塊ジュニア」と父親たちの「団塊の世代」とにある種の共通性を感じる、と言う。一方、この二つの世代の間に生まれた「谷間の世代」である私などは、「団塊ジュニア」の価値観にはついていけないし、逆に「団塊の世代」の文化に憧れもしない。そんな「谷間の世代」からみた70年代前半という時代は、彼女の解釈するように「全体像」を目指していたわけではもはやないと思う。むしろ、その直前の時代が唱えた国家とか革命とかいう「大きな物語」に挫折して、個(の内面)に戻って行った時代だったような気がする。そうは言っても、まだまだイデオロギーが幅を利かす風潮のなかでは、自己幻想や対幻想に耽溺することが、かえってもっともアヴァンギャルドな態度でもあったのだ。たとえば1972年に出したシングル曲で井上陽水は、社会や政治の問題よりも、雨の日に恋人に会いに行きたくても傘がなくて外に出られないことのほうがたいへんだ、と唄った。この曲が当時の社会に対して意味をもったのは、「大きな物語」と「小さな物語」の逆転がこの頃起こりながらも、まだまだ「大きな物語」への信仰が強かったからだろう。ちなみにこの曲が当初収められていたのは『断絶』というアルバムだ。そしてこの頃ジェネレーション・ギャップを表す「断絶」という言葉が流行語となった。今では、世代間どころか、同世代の間でも断絶があることが当たり前となったが、あの頃は、断絶そのものが社会の関心事となったのだ。

束芋《団断》(イメージ)2009年、
映像インスタレーション
Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

それに対し、たとえば束芋の映像作品《団断》の乾いた表現は、それ以前の価値観を引きずった70年代の意識とは別のものだ。団地の壁を切り取って部屋をモニターするような《団断》では、隣りの部屋で誰がどんな住み方をしているかまったく関係ないし、そんな社会のあり方を問題視しているわけでもない。見る者のほうも、切り取られて流れてゆく画面をただ坦々と眺めるだけだ。

こうした、時代意識の機微にはこだわらず時代の意匠を表層的に扱う表現が、描画の平面性とも相まって彼女の特徴であると同時に、「谷間の世代」などが、あえて作品から時代の意味を読み取ろうとしてしまったときに感じる居心地の悪さの原因でもあろう。

そういう意味では、時代や世代を超えて造形性そのもので見せる《悪人》という平面作品がもっともしっくりきた。そして彼女の造形表現の核もこの作品に集約されている。ネクタイが伸びて川の流れになり、さらに女性の髪につながってゆく、というような、筆一本で次元や位相をずらしたり重ねたりして行く妙技が、「メディア・アート」などというものとは違う平面作品の醍醐味である。彼女はしばしば「メディア・アート」の文脈で語られることがあるが、ほとんどの「メディア・アート」が新しい技術の紹介にとどまる“御用芸術”に過ぎないのに対して、彼女のアナログな手法と過剰なまでのインスタレーション(というか舞台装置)は、目新しいことだけが売り物の「メディア・アート」など越えた造形表現となっている。

著者プロフィール

浅井 俊裕 [あさい としひろ]

開館準備室時代から、学芸員として、水戸芸術館現代美術センター勤務。
現在、水戸芸術館現代美術センター芸術監督。

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