東アジア、アートに生きる

いまや目を離せない、激動する東アジアのアート状況を、横浜を拠点に、広く東アジアでアートプロデューサーとして活動する金島隆弘さんが紹介します。

第3回:FECで手がけてきたプロジェクト(3)

横浜市におけるアーティスト・イン・レジデンス事業

現在、横浜市は「文化芸術都市(クリエイティブシティ)・横浜」構想の実現と、アジア各都市の文化交流の一環として、「芸術家交流事業(アーティスト・イン・レジデンス事業)」を実施しています。 新進気鋭のアーティストを横浜に受け入れ、滞在制作とその成果を発表することで、彼らの活動を支援するだけでなく、一定期間横浜で滞在制作を行うことで市民との交流を実現すると同時に、日本の若手作家が刺激を受けることで「創造界隈」の形成に寄与することを狙いとしています。

東アジア地域における現代美術の分野での交流事業として、台湾の台北市、韓国の仁川市、そして中国の北京市とのプログラムがあり、台北市についてはBankART 1929が、 仁川市についてはアーツコミッション・ヨコハマ公益財団法人横浜市芸術文化振興財団、以下「財団」とする)が、そして2006年からスタートした北京市との交流事業をファーイースト・コンテンポラリーズ(以下FECとする)が担当しています。

アーティスト・イン・レジデンス事業(以下AIR事業とする)の運営に際し、FECは以下の3つを主な柱としてプログラムを実施しています。

1) 日本の今をリアルにクオリティリッチに楽しむ
単に作家を招聘し滞在制作を補助するだけでなく、 日本の「今」、「旬」を逃さず体感してもらうための工夫を行い、そのクオリティリッチな日本での滞在経験を作品制作に繋げてもらう。

2) 日本の美術関係者とのネットワークを構築する
美術関係者との接点を多く設定し、今後の日本での活動に繋がるよう支援するだけでなく、彼らとのコミュニケーションを通じてより多角的に「日本」を理解してもらう。

3) 長期的な視点でより良い作品を制作する
招聘する側の都合で作品制作の期限を設定せず、作家の制作状況やその他、様々な状況に柔軟に対応することで、作家に最適な時間でより良い作品が制作できる環境を提供する。

第4回目となる本年度は、ヨコハマ・クリエイティブシティ・センター(以降YCCとする)と共に事業を行いました。今回はそのプログラムの内容の詳細をご紹介していきたいと思います。

過去の招聘作家とアドバイザー

中国からの招聘作家を選定する際、FECは北京を拠点に活動しているキュレーターや教授などの方々に毎回アドバイザーとしてプロジェクトをサポート頂き、より公平なプロセスで、かつ力のある作家を招聘できるよう心がけています。今までFECが担当したプロジェクトに関わっていただいた方々は以下の通りです。(過去の AIR事業の詳細については当連載第2回目をご覧下さい。)

<平成19年度> 
招聘作家:遅鵬(チー・ポン) 
アドバイザー:馬剛(北京・中央美術学院デジタルメディア科教授)

<平成20年度>
招聘作家: 王衛(ワン・ウェイ)、何頴宜(ホー・ラニア)
アドバイザー: 姚嘉善(インディペンデント・キューレーター/アローファクトリー 共同主宰)

平成20年度からは展覧会開催にあわせてアドバイザーの方に横浜にお越し頂き、トークイベントにも参加いただいております。

そして、今年度は北京在住のアジア・アート・アーカイブ(以降AAAとする)中国研究員、賀瀟(ハー・フィオナ)氏をアドバイザーに迎え、現在北京を拠点に活動する1980年生まれの作家、孫遜(スン・シュン)氏を招聘することとなりました。


孫遜(スン・シュン) プロフィール
1980年中国・遼寧省生まれ。2005年杭州・中国美術学院版画系卒業。2003年からアニメーション制作を開始し、現代美術展にも積極的に参加。2006年、杭州に「π」格動画工作室を開設し、2009年には拠点を北京に移す。 「新中国」(アメリカ、2008年)、「人民共和動物園」(イギリス、2009年)など、最近では国外での活躍も目覚しい。作品の多くはモノクロ手描きの短編アニメーションからなり、見る者の印象に深く残る。これら多くの作品では、歴史はいかにして作られ、そして語られてきたかを探索している。

CREAM ヨコハマ国際映像祭2009との連携

スン・シュン氏の来日に先立ち、ヨコハマ国際映像祭(以降 CREAMとする)にて、彼の代表作の一つである「時間の衝撃」が展示されることになりました。CREAM ディレクターである住友文彦氏が北京にリサーチにいらっしゃった際、私もスタジオ訪問に同行させて頂き、CREAMとレジデンスプログラムとが有機的に機能するよう検討した結果、この二つのプロジェクトの連携が実現しました。


Sun Xun 《Shock of TIme (時間の衝撃)》,
2006, ビデオ(5min28sec)
Courtesy of ShanghART Beijing and the artist

ニューヨークでのプロジェクトの関係で、スン・シュン氏はCREAM のオープニングに来日することができませんでしたが、 映像祭終了前での日本入りが実現し、クロージングイベント等に参加していただくことができました。また、会期中には多くの方に作家の作品をご覧いただくことができたため、来日する前から、多くの方々に彼の作品を認知していただくことができました。


【スン・シュン 日本滞在記:ディレクターズ・ブログ】

●1日遅れの日本到着から、ZAIMでの展示と国際映像祭

[2009年11月26日]
11月25日に来日を予定していたスン・シュン氏、北京での天候不良等の理由で予定していた飛行機の搭乗に間に合わず、1日遅れの11月26日に到着。 ZAIM Gallery(以下ZAIMとする)での展示を目前に控えていただけに、少しはナーバスになっているかと思いきや、飄々と現れ、一安心。初日は到着が遅くなったため、作品の搬入だけに作業をとどめ、翌日1日で ZAIMでの展覧会を仕上げることに。

[2009年11月27日]
展示用スクリーンや一部のスケッチの展示を事前に済ましていただけに、作業はスムースに進行。午後には展示が終了し、展覧会無事にオープン。夜は森美術館で始まった展覧会「医学と芸術展」のオープニングに参加。非常にユニークなコンセプトの展覧会だと、スン・シュン氏も高評価。作品を一つ一つ真剣に観ていた姿が印象的でした。

[2009年11月28日]


オープニングの様子

ZAIMでの展覧会のオープニング。スン・シュン氏はオープニングの前にCREAMを鑑賞。ここでは彼の代表作「時間の衝撃」を多くの方々にご覧いただくことができましたが、 ZAIM での展示では今までに彼が制作してきた作品全てを観ることのできる良い機会となりました。映像作品を全て繋げた状態でループさせ、かつ日本の再生形式に加工し直すのにはかなりの時間がかかりましたが、どうにか展示に間に合い、オープニング後は今回のスタッフと共にウェルカムパーティー。

[2009年11月29日]
映像祭クロージングパーティーに参加。守護霊を観ることのできる方に今までたまったストレスと邪気を取り払ってもらい、体が軽くなる。オープニングで飲み過ぎたスン・シュン氏、復活。

●YCCでの制作開始と横浜めぐり


買い出しの様子

[2009年11月30日]
いよいよYCCでの制作開始。制作スタジオはYCC2階の先端部分。展示プランの打ち合わせの後、早速材料の買い出しに。今回の展示で一番大事な巨大和紙(2mx5m)を10枚無事に購入する。ちょうどこのサイズの和紙が制作スタジオにもぴったりはまり、制作環境面では一安心。



スタジオでの打ち合わせ

[2009年12月12月3日]
1枚目の作品が早くも書き上がる勢い。最初に描いたのは、魚を加えた孔雀。展覧会タイトルも「主義之外」となり、展覧会の骨格が決まったため、スタッフは展覧会のチラシ制作作業に取りかかる。午後にはBankART Studio NYKを訪問。

 

 


黄金町エリアマネジメントセンター訪問

[2009年12月4日]
引き続き制作作業。YCCのセキュリティーの関係上、スン・シュン氏としては制作に一番集中できる夜に作品が制作できず大変そうであるが、なんとか朝から夜までの昼型リズムに少しずつ切り替えられている感じ。午後からは黄金町エリアマネジメントセンターを訪問し、ディレクターの山野氏に黄金町を案内いただく。かつての風俗街に興味津々。



打ち合わせの様子

[2009年12月7日]
制作は順調に進む。今後のスケジュール、展覧会の詳細など、作家の制作状況、コンディションを見ながらこまめに打ち合わせを行う。

 

 

 

[2009年12月8日]
チラシ用画像として使用する1枚目の作品の写真撮影。スタッフ総動員でどうにか撮影完了。午後からは横浜美術館を訪問し、束芋展の設置の様子を見させて頂く。また作家の束芋氏とも面会。

 

[2009年12月9日]
横浜にある、東京芸術大学大学院映像研究科アニメーション専攻を訪問。伊藤有壱教授、山村浩二教授と面会し、伊藤教授には教室、スタジオをご案内いただく。

 


古書店街にて

[2009年12月10日]
ZAIMでの展示が終了したため、撤収作業。午後からは東京に移動し、神田古書店街と青山を散策。古書店街では日本の古い印刷物をひたすら見る、見る。

 

[2009年12月11日]
束芋展オープニング出席。

 


原美術館にて楊福東氏と共に

[2009年12月18日]
この間ずっと作品制作に集中。スン・シュン氏の先輩である楊福東氏の展覧会オープニング出席のため、原美術館へ。久しぶりに中国語で楽しく語らう。

●京都、大阪、名古屋、伊勢 日本巡り


京都での一コマ

[2009年12月19日-21日]
京都市内の仏閣や資料館など15件ほど巡り、今回日本で制作する作品にもこれら訪問した多くのシーンが登場することに。京都滞在中は、ART iT(アートイット)編集長の小崎哲哉氏が開設準備しているB&Bに宿泊、アーティストのSHIMURABROS.(シムラブロス)、八木良太氏、サウンドアーティスト・マモル氏などとも合流し、楽しい京都でのひととき。

[2009年12月22日]
大阪でサウンドアーティスト・マモル氏と再合流し、食い倒れツアー。大阪は美味しい。喫煙に対するルールも緩く、スン・シュン氏も嬉しそう。

[2009年12月23日—24日]
名古屋で愛知トリエンナーレの面接の後、名古屋城を散策。横浜に戻る前に、伊勢詣り、赤福を味わう。

[2009年12月28日]
YCC仕事納め。その間ひたすら制作活動に集中。12月までに10枚全て書き上げる、と話していたが、さまざまなリサーチのため制作スケジュールが後ろ倒しされ、スン・シュン氏はかなり悩んでいるよう。あくまで今回はレジデンス・プログラムであることを話し、焦らず良い作品をつくることが一番重要、と話す。

●日本での年越し、そして作品制作


半僧坊からの富士山の眺め

[2010年1月1日]
鎌倉の鶴岡八幡宮へ初詣。その後建長寺、円覚寺を巡る。建長寺奥の半僧坊からは、富士山と相模湾がどちらも綺麗に見え、新年早々縁起が良い。今年は良い年になる予感。

 



横浜にぎわい座

[2010年1月4日]
横浜にぎわい座で寄席を鑑賞。新年の特別プログラム。夕方、福岡アジア美術館の堀川氏にスタジオを訪問いただき、夜はスン・シュン氏の滞在先でささやかなパーティー。

 



くじらを描き始める

[2010年1月15日]
この間ずっと作品制作に集中。本展示用に作品を加工いただく業者に作品をお渡し。また、オランダより来日した映像プロデューサーと面会し、実際に作品の加工を担当いただく職人さん宅を一緒に訪問した後、前衛、実験映画を積極的に上映するイメージフォーラムにも足を運ぶ。

 


展示準備風景

[2010年1月20日]
9枚目まで作品が完成し、展示作業開始。大きな作品をどう設置するか悩みに悩んだ末、何とか解決策が見つかる。展示のために大量に必要となったネジウム磁石を、ダイソーの商品を活用する裏技でどうにか集め、設置は急ピッチで進む。

 

 


最後10枚目を描き始める

[2010年1月21日]
作品設置が無事に完了。ほっと一息ついたところで、スン・シュン氏は最後10枚目の作品の制作に取りかかる。

 

●YCCでの成果発表展オープン、そして帰国


展覧会の様子

[2010年1月22日]
展覧会オープニング。東京でいくつかのオープニングと重なってしまったため、来場者数はそこまで伸びませんでしたが、展示自体は大好評。

 

[2010年1月23日]
「昨日来たかったけど、難しかった」という方を中心に、100名以上の来場者。

[2010年1月24日-25日]
スン・シュン氏のお父さんが昔中国で保護していた日本人の方を尋ね、宮城県塩竈市へ。中国生活が長く、日本語が流暢でない日本人の方ですが、今は残留孤児に認定され日本に戻り、生活されていました。帰りは、日本三景の松島、仙台を案内し、横浜へ。

[2010年1月27日]
加藤種男財団専務理事、財団スタッフと共に昼食会。今回の展覧会や中国におけるアートシーンに関する意見交換。

[2010年1月28日]
トークイベントのゲストスピーカーであるAAA中国研究員のハー・フィオナ氏が来日。


トークイベントの様子

[2010年1月30日]
ナビゲーターに横浜美術館主席学芸員の天野太郎氏、ゲストにAAAのハー・フィオナ氏とアーティストのSHIMURABROS.(シムラブロス)氏をお招きしたトークイベントを開催。中国での現代美術シーン、教育システムの紹介、各作家の背景や制作過程などを中心にお話しいただいた後、ディスカッションを開催。

 

[2010年1月31日]
展覧会最終日。開催期間中、計500名以上の方々に作品を鑑賞いただきました。作品もとても好評で、国内を今後巡回する計画も立つ。

[2010年2月1日]
展覧会撤収日。設置に比べてスムースに撤収が完了。終了後、横浜駅に移動し、日本のお土産を買いに。

[2010年2月2日]
SHIMURABROS.(シムラブロス)の代表作「SEKILALA」が優秀賞を受賞した第13回文化庁メディア芸術祭のオープニングセレモニーに出席。日本の現代のアート、漫画、アニメ、エンターテイメントを一同に観られる機会にスン・シュン氏も少し興奮の様子。

[2010年2月3日]
今回のプロジェクトチーム、財団の方々と共にフェアウェルパーティー。

[2010年2月4日]
日本滞在最終日に、富士山、三島、箱根、小田原巡り。三島では杉本博司展を開催中の伊豆フォトミュージアムを尋ねた後、老舗の鰻屋でうな重を食べ、その後箱根天山温泉にてリラックスした後、小田原のだるまで日本料理を味わう。

[2010年2月5日]
お昼に横浜魚市場内で海鮮おまかせ定食をお腹いっぱい食べた後、成田空港へ。そして、無事に帰国。

AIR事業において重要なこと

以上、滞在の様子をブログ形式で記述してみましたが、滞在期間中に作家が横浜、そして日本をどのように味わい、経験したかを可視化し、その情報を公開することは、AIR事業がどのように運営されているかの実態を多くの方に知ってもらう上で重要であるとFECは考えています。

上述の通り、AIR事業では、
1) 日本の今をリアルにクオリティリッチに楽しむ
2) 日本の美術関係者とのネットワークを構築する
3) 長期的な視点でより良い作品を制作する

が重要視されるべきだと私は考えていますが、多くのAIR事業が主催者側にとって重要なアウトプットの部分に固執し、アーティスト側の立場で考えたり、こういったソフトの部分に注力できていないと感じています。

例えば私も、横浜市内で行われている他の都市とのAIR事業の内容や、他都市で行われているAIR事業のより具体的な様子を知りたいと思いますし、また、第三者機関がAIR事業に参加したアーティストに対して積極的にヒヤリングを行い、その成果をより公平に評価していただければ、そのプログラムは段階的に改善され、かつ良い形で発展していくと思います。また横浜市においては、現在分散しているAIR事業を1カ所にまとめることが必要だと私は考えていて、そうすれば招聘アーティスト同士、そして地元のアーティストとの交流をサポートできるだけでなく、プログラムの総合的な発信力が備えられるようになるでしょう。

トークイベントのナビゲーターを担当いただいた、天野太郎横浜美術館主席学芸員は、「AIR事業の一番の意義は、世界的に活躍するアーティストの生の声とその活動に直接触れ合えることだ」とおっしゃっていましたが、今回のスン・シュン氏の横浜での滞在も、作家自身にとって刺激的な経験となっただけでなく、横浜、そして日本で制作活動するアーティストやアート関係者にもよい刺激を与えてくれたのではないでしょうか。

そういったことを一つ一つ積み重ね、そして一人でも多くのアーティストが横浜での滞在を楽しく豊かで意義のある経験であったと感じてもらえれば、いずれそのイメージが広く認知され、横浜のアートシーンがより良い形で世界に開いていくのではないか、と考えています。

FECとは

FECは、21世紀を迎えた東アジアで活躍するアーティストのためのクリエイティブ・プラットフォーム。プロジェクト&プロダクション志向を活動の柱とし、東アジア各国の現代美術の第一線で活躍される方の知見をヒヤリングしながら、アーティストと共に東アジアのアートシーンを一緒に作り上げていきます。横浜・ZAIMの1室を活動の拠点とし、馬車道近くのレジデンス施設(馬車道スタジオ)、北京と東京のリエゾンオフィス、東アジア各国のサポーターとともにプラットフォームを支えています。

著者プロフィール

金島隆弘[かねしま たかひろ](アートプロデューサー)

1977年、東京都生まれ。FEC代表兼ART iTプロデューサー(東アジア担当)。2002年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了、ノキア、東芝、東京画廊を経て、2007年よりFEC(ファーイースト・コンテンポラリーズ)の設立準備、2008年4月よりZAIMにて活動を開始。横浜、北京、台北を中心とした東アジアの現代美術のリサーチプロジェクト、作家の作品制作支援、交流事業等を手がける。

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