


2005年、日本でのサラリーマン生活に区切りをつけ、東京画廊が北京に開設したスペース、北京東京芸術工程での仕事が始まりました。それまでの私は、東アジアとの関係性はほぼ皆無で、その時はちょっとした流れにのった感じで、なんとなくスタートした新生活でしたが、今思うとこの時の決断が人生を大きく変える出来事となりました。
北京東京芸術工程で勤務した3年間、中国を取り巻く環境、現代美術の状況、ギャラリースペースのある798芸術区の変貌は目を見張るものがあり、ちょうど自分はその変化の真っ只中に身を委ね、人間味のある中国人に支えられながら、今までの欧米至上主義的感覚は見事に覆されました。その後2007年に東京画廊を退職し、地元横浜に戻り、ファーイースト・コンテンポラリーズ(以降FECとする)を立ち上げた後も、その経験が現在の仕事に繋がっています。
現在は、創造都市として積極的にクリエイティブ産業を支援している横浜の中心に位置するZAIMを拠点とし、北京や台北、ソウル、上海、香港など、東アジアの現代美術の中心地を行き来しながら、現代美術関連の仕事をプロジェクトベースで担当しています。横浜は、実家があるということもありますが、より緩やかな時間が流れ、自分のペースを維持できる環境があり、また東京を他の東アジアの都市と並列に客観視できるところに良さを感じています。
FECが重きを置いているのは、「アーティストとの協業、プロダクション」です。大型のプロジェクトの企画よりも、常にアーティストのプロダクションサイドに立つことを心がけ、クオリティリッチなプロジェクトを丁寧に遂行することを重視し、それらケース一つ一つを積み重ねることでFECを作り上げています。
この連載では、FECとして横浜やその他東アジアの各都市で今まで私が手がけてきたプロジェクトや、その場で感じたことなどを正直に書いていくことを通じ、東アジアのリアルな状況を横浜、そして日本の皆様に伝えていきたいと考えています。まずは、具体的なプロジェクトの話を始める前に、中華圏で仕事する上でいつも心がけていることを整理することから書き始めていきます。

中国関連の本を読むと「中国で最も重きが置かれるのは関係性」と良く書かれていますが、私も常にこの「関係性」を意識しながら仕事をしています。この「関係性」、日本人にとっては非常に理解しにくいところはありますが、分かりやすく言えば、いくら理論的に正しかったり、ビジネスモデル的に良くできていたとしても、中国側で組む人を間違えれば、必ずといっていいほど失敗する、逆に、プランが多少曖昧でも、やりたいことやコンセプトさえしっかりしていて、中国側で組んだ人が良ければ、何故か事がうまく進んでしまいます。これは日本人対中国人に限ったことではなく、他国の人対中国人、そして中国人同士でも同じです。
この「関係性」は、今まで中国内で繰り返されてきた闘争の歴史、そして現在の、一市民にはどうすることもできないあまりに大きな政府の管理の下でたくましく生きる中国人の知恵によって育まれてきたと言えるでしょう。血の繋がった家族を支えあうだけでなく、血が繋がっていなくてもまるで兄弟や家族のようにお互いを助け合い、頼りあうことのできる「関係性」を自ら築きながら、世の中を生き抜いていくのです。良い「関係性」を築き、ある種の大きな「家」という中国人的感覚の中に入ることを許されれば、中華の世界では他人であっても惜しみなく助けてくれるようになります。ただ裏を返すと、この「家」と対立すれば、必要以上に強い仕打ちを受けることになり、この微妙な「関係性」への気遣いはとても重要です。
日本の多くの人から、「中国人と仕事をするのは大変でしょう?」とか、「よく仕事で騙されるのを聞くけど大丈夫?」とか質問されます。もちろん日本と違って大変な部分はありますし、自分が普段関わっている多くの人が芸術関係の人ということももちろんありますが、この「関係性」さえ常に意識していれば、逆に率直に意見を言ってくれる分、日本よりも仕事がしやすいくらいです。
多くの日本人は、「表面的な関係性」で中国人と接するため、中国人もそれに対して表面的に接します。日本人にとっての「表面的な関係性」というのは、大組織の一社員だから自ら意思決定ができない、ビジネスとして接しているのだから深い関係性は築くべきではない、というところに起因していると思いますが、そういった表面的で、良い「関係性」が築けなそうな日本人に対し、中国人も表面的に接し、つまり、いかにこの人からお金をうまく引っ張れるか、だけを考えられてしまい、つまり日本人は騙されてしまうのだと思います。
逆に、自分が信頼できると感じた人と深い「関係性」を築く、または深い「関係性」がある人が仲介として入って助けてくれれば、ことはとてもうまく進みます。常にあらゆる「関係性」の中で仕事をし、生き抜く、これは中華圏では大切な思想です。そして、深い「関係性」を構築するには、表面的な媚び諂いでは不十分で、実際の仕事を通じて、この人なら安心して仕事ができる、利益がある、などの感覚を相手に与える必要があり、ここで重要になってくるのは個々の「人間力」だと考えます。
中国は広大な面積の中、多くの人口、民族を抱え、価値観も多種多様です。例えば「今流行の曲は何?」と聞いてみると、日本だったら大体同じ人が挙がるでしょうが、中国だと「人の好みはバラバラだから、何とも言えない。」という答えが返ってきます。この様な多くの価値観が錯綜する中、どのような人とどのような「関係性」を築いていくかで仕事や人生は大きく変わるため、中国人は、特に成功していればいる人ほど、一人ひとりの「人間力」を見抜く力もとても強いと感じます。
仕事や人生を円滑に進めるため、いい人といい「関係性」を築くことが肝要ですが、その際中国人は、大きな組織の中で働いていても、個々の「人間力」を見極めようとします。中国では、日系企業ですら「組織力」に支えられる人間よりも、組織を引っ張るリーダーの「人間力」が重要視され、そのリーダーが組織全体を引っ張る、そういうスタイルの企業が成功していると感じます。
では、「人間力」とは何なのかと言うと、海外で仕事をする際には共通して必要となる力かもしれませんが、特に中華圏では、「適応力」、「交渉力」、「判断力」、「遂行力」が重要であると私は考えます。これらの力を兼ね備え、社会をたくましく生き抜いていく力こそ「人間力」であり、中華圏ではこの一人ひとりの「人間力」が常に試されている感覚があります。
まず環境への「適応力」。日本での慣例や成功体験を引きずらず、「郷に入りては郷に従え」という精神。日本人だから、日本ではこのやり方で成功しているから、日本の仕事の進め方はこうだから、と言って、日本のやり方を押し付けるだけでは、何も進みません。逆に言葉に問題があっても、中国人の輪に積極的に入ろうとしていけば、中国人は心を開いてくれます。
そして、粘り強い「交渉力」。中国での生活は全てが交渉の毎日です。日常品を買うにしても、レストランで食事をするにしても、仕事の契約をするにしても、何か問題があれば自分の意見をはっきり言う、しっかり値切る、契約を変更する、など。日々のそういったやりとりを通じ、お互い落としどころを探りながら生活していく、そういった力は生活でも仕事でもとても重要です。
次に「判断力」。柔軟にその場の状況を察しながら、自ら責任を以ってしっかり意思を決定できるか。その判断が迅速で的確であればあるほど、相手に与える信頼度が高まります。その人に意思を決定する力、判断する力がないと思われてしまうと、中国人はあっさりとその人を相手にしなくなります。中国でちょっとした良い肩書きが必要なのもこのためです。
そして、最後に「遂行力」。判断したことに対して、しっかりと仕事を進められるか、クオリティを維持できているか、仕事に関わる人に対して公平に対応できているか。これは日本人の得意な部分であり、ここを丁寧にやれば、中国人は中国人以上に日本人を信頼してくれるようになります。私も、中華圏で仕事をする際、この日本人としての仕事の「遂行力」を常に意識しています。
以上、少し気難しい話になってしまいましたが、私は以上のようなことを考えながら、でも日本で仕事をするよりもより気楽なスタイルで、そして自分を信じ、いい「関係性」を築き、「人間力」を高めていけば、自ずと道は開かれるであろう、というちょっと楽観的な気持ちを持って今仕事をしています。次回からは、こういったことを意識しながら担当した仕事の事例をいくつか紹介していきたいと考えています。

FECは、21世紀を迎えた東アジアで活躍するアーティストのためのクリエイティブ・プラットフォーム。プロジェクト&プロダクション志向を活動の柱とし、東アジア各国の現代美術の第一線で活躍される方の知見をヒヤリングしながら、アーティストと共に東アジアのアートシーンを一緒に作り上げていきます。横浜・ZAIMの1室を活動の拠点とし、馬車道近くのレジデンス施設(馬車道スタジオ)、北京と東京のリエゾンオフィス、東アジア各国のサポーターとともにプラットフォームを支えています。

金島隆弘[かねしま たかひろ](アートプロデューサー)
1977年、東京都生まれ。FEC代表兼ART iTプロデューサー(東アジア担当)。2002年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了、ノキア、東芝、東京画廊を経て、2007年よりFEC(ファーイースト・コンテンポラリーズ)の設立準備、2008年4月よりZAIMにて活動を開始。横浜、北京、台北を中心とした東アジアの現代美術のリサーチプロジェクト、作家の作品制作支援、交流事業等を手がける。