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2013/03/01

コンサート

小曽根真ロングインタビュー

常に生きている音楽を求めて進化を続けるピアニスト・小曽根真と、世界のジャズ・シーンを 牽引するヴィブラフォン奏者・ゲイリー・バートン。2002年グラミー賞にもノミネートされた伝説のデュオが横浜みなとみらいホールに初登場!待望の横浜 公演に向けての意気込みを小曽根真さんにたっぷり語っていただきました。
コンサートの構想、ゲイリー・バートンさんとの運命の出会いについては、「コンサートカレンダー2013.3-6に掲載しておりますのでぜひご覧ください。
こちらのWEB版は、ピアノ嫌いな少年が12歳でピアノに開眼した理由とは?世界ツアーでの仰天エピソードなど、"小曽根真サウンド"の原点に迫るロングインタビューです。



小曽根真(おぞねまこと)【ピアノ】

83年にバークリー音大ジャズ作・編曲科を首席で卒業。同年カーネギーホールにてリサイタルを開き、米CBSと日本人初のレコード専属契約を結び、アルバム「OZONE」で全世界デビュー。03年にグラミー賞にノミネート。近年はクラシックにも取り組み、国内外のトップオーケストラと共演。10年、ショパン生誕200年を記念したアルバム「ロード・トゥ・ショパン」を発表し同名の全国ツアーを成功させた。FM番組のパーソナリティーを務めるほか、TV番組のサウンドトラックや舞台音楽を手がけるなど幅広く活躍。録音は多数あり、11年に東日本の復興を支援する『Live & Let Live - Love for Japan』を発表。12年には久々のジャズ・トリオを組み、『My Witch's Blue』をリリース、及び国内ツアーを成功させた。また、エリス・マルサリスとのデュオ『Pure Pleasure for The Piano』も、チャリティ・アルバム第2弾として同時リリース。読売演劇賞最優秀スタッフ賞ほか受賞多数。国立音楽大学教授。http://makotoozone.com/ 

                                                     撮影:篠山紀信



Q:そもそもピアノを始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか?


最初はピアノではなく家にあったハモンドオルガンを弾いていました。

5歳の時に母の勧めでピアノのレッスンを受け始め、バイエルを弾いたのですが、

これがものすごく嫌で、「二度と弾くものか」とピアノに近寄らなくなってしまいました。

ところが12歳の時に、叔父が行く予定だったオスカー・ピーターソンのジャズピアノ・コンサートに代わりに行って衝撃を受けました。

それまで僕の中にあった「ピアノ=クラシック=つまらない」という方程式が崩れて完全にノックアウトされました。

この時、僕は「よし、ピアノを弾くぞ」と決意したのです。

そして、5歳から12歳までの7年間を無駄にしたことを猛烈に後悔しました。

帰ってすぐ母親に頼んでピアノの先生を見つけてもらいました。

「ただ、僕はピアノのテクニックを習いたいのであって、音楽を習いたいわけではない、ここはこういう感情で弾くっていうのを押し付けられるのはごめんだ。どう弾くかは自分で決める」って言って。

こうして母が見つけてくれた先生は、フランス人で、神戸の灘カトリック教会の神父様でした。

レッスンに行くとグランドピアノと2段鍵盤のハープシコードとカワイのパイプオルガンタッチの電子オルガンがあって、バッハの「インベンション」と「シンフォニア」とモシュコフスキの「プチエチュード」の3冊の中から同じ曲をそれぞれタッチが違う3種類の鍵盤で次々に弾くわけです。

この繰り返しによって、指があらゆる鍵盤楽器のタッチを覚えていきました。

そこから僕のピアノ人生が始まったのです。

 

Q:ハモンドオルガン奏者だったお父様に習ったわけではなかったのですか?


 父からピアノの弾き方を教わったことはないですね。

父は仕事が忙しくてあまり家にいなかったし。

ただ父の教え方はすごく好きです。

僕が3歳くらいの時に「マック・ザ・ナイフ」という曲を人差し指1本でやっと弾けるようになったので、親父に聴いてもらったんです。

そうしたら「よく頑張ったね、じゃあ今度は半音上げて弾いてごらん」って。

「今ここから始まったから、次はこの音から始めて、そのルールを自分で見つけてごらん」。

まるで音を探すゲームのようでした。

 

Q:楽譜を読むことから入ったわけではないのですね。


 そう、僕は12歳の時に初めてバッハの「インベンション」とかを弾かなくちゃいけなくて、そこから譜読みの勉強を始めたのです。

もう本当に大変でしたよ。いまだに譜読みは得意じゃないです。

ただ、たとえ楽譜から入ったとしても、僕は必ず曲のメロディーとハーモニーが一緒に登録される人間なんですね。

僕はハーモニーが好きなんです。

だから万が一、ライブでメロディーを忘れてもハーモニーの流れがあるから、「なんかこんな感じだった」ってアドリブがきくのです(笑)。

 

Q:そんな小曽根さんの音は、どこから出てくるのですか?「小曽根サウンド」の秘密を知りたいのですが...。

 

ピアノってすごく面白い楽器で、単音で弾くと単音しかでないけど、ペダルをオープンにしたまま単音を弾くと全部倍音が鳴るじゃないですか。

あのブレンドがたまらないのですよ、僕は。

余りにもいい音がしたときに次の音が弾けなくなることさえあります。

単音でも倍音が広がって宇宙に飛んでいくような広がりを感じることがある。

それを自分が聴きたくて弾くので、僕が聴きたい音がピアノから出てくるのです。

結局自分の中に鳴っている音をどれだけ忠実に出すかっていうのが、生楽器を演奏する一番大切なことだと僕は思うんですよ。

どんなにテクニックがあってもイメージできない音は出せないし、好きじゃない音は出せない。


あとは、楽器に対する愛情かな?

僕は若いころからいろいろなJAZZクラブを回ったりして、かなりひどい状態のピアノも弾いてきています。

ピアノは生き物だから愛情を持って接してやると音が変わるんです。

そういう経験はJAZZでやってきたからだと思いますし、僕にとっては宝物です。

楽器と対話しながらそのいちばんいい響きをお客様に届けることができたら良いですね。

 

Q:特別なメソッドがあるわけじゃないのですね。


特殊なテクニックを使っているわけでもないし、僕はきちんとクラシックを習ったこともないですからね。

 

Q:今回のコンサートでは、ゲイリー・バートンさんと回った世界ツアーでの忘れられない思い出が曲になって飛び出すかもしれないと伺ったのですが、どんなエピソードなのでしょうか?


たとえば、年末にブエノスアイレスに行った時、南半球なのであちらは真夏ですよね。

プールサイドでついうとうと2時間くらい昼寝してしまったら真っ赤に日焼けしてしまい、あとで大変でした。

フランスのリヨンに行った時は、もっと大変な目に遭いました。

乗っていたトラックのエンジンが爆発して動かなくなってしまったのです。

しかもそれが土曜日の朝だったので、すぐに替わりの車が見つかるわけがない。

そこを何とかお願いしますって頼み込んでやっと来てもらったレッカー車がまたまたパンクして、ぎりぎり開演5分前に会場入りした、なんてこともありましたね。

今回は、こういう幾つもの思い出をモチーフにした曲集をお届けします。

今まで30年近く一緒にやってきた僕ら二人が、積み重ねてきた音楽の会話の最終章をぜひ見届けてください。

ジャンルの枠を超えた自由な僕らの音楽をお聴きいただきます。

お楽しみに!


*「小曽根真&ゲイリー・バートン」の詳しい公演・チケット情報はこちら

〒220-0012 横浜市西区みなとみらい2-3-6

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