
1月号 / 2012
:インタビュー「作曲家 池辺晋一郎さん」
11.12.22
作曲家
池辺晋一郎 氏
SHIN-ICHIRO IKEBE
プロフィール
1943年水戸市生まれ。67年東京芸術大学卒業。71年同大学院修了。池内友次郎、矢代秋雄、三善晃、島岡譲の各氏に師事。
66年日本音楽コンクール第1位。同年音楽之友社室内楽曲作曲コンクール第1位。68年音楽之友社賞。以後ザルツブルクTVオペラ祭優秀賞、イタリア放送協会賞3度、国際エミー賞、芸術祭優秀賞4度、尾高賞2度、毎日映画コンクール音楽賞3度、日本アカデミー賞優秀音楽賞9度(内、3度最優秀賞)などを受賞。97年NHK交響楽団・有馬賞、02年放送文化賞、04年紫綬褒章、11年横浜文化賞を受章。
現在東京音楽大学教授、東京オペラシティ・ミュージックディレクター、石川県立音楽堂・洋楽監督、横浜みなとみらいホール館長、せたがや文化財団音楽事業部音楽監督。ほか多くの文化団体の企画運営委員、顧問、理事、コンクール選考委員などを務める。
作品:交響曲No.1~7,ピアノ協奏曲No.1~2,チェロ協奏曲、オペラ「死神」「耳なし芳一」「鹿鳴館」をはじめ管弦楽曲、室内楽曲、合唱曲など多数。
附帯音楽:映画「影武者」「楢山節考」「うなぎ」「瀬戸内少年野球団」「スパイ・ゾルゲ」、TV「八代将軍吉宗」「元禄繚乱」など多数の映画・ドラマ音楽の他、演劇音楽470本以上を担当。
著書に「音のいい残したもの」「おもしろく学ぶ楽典」「オーケストラの読みかた」「スプラッシュ」「空を見てますか...1~5」「バッハの音符たち」「モーツァルトの音符たち」「ブラームスの音符たち」「シューベルトの音符たち」「ベートーヴェンの音符たち」「シューマンの音符たち」等がある。
96年より13年間、NHKテレビ「N響アワー」の司会を担当し、好評を博した。
(イベント情報)
横浜みなとみらいホール小ホール・オペラシリーズ
オペラ「泣いた赤鬼」&オペラ「河童譚(かっぱたん)」
1月14日(土)14時 横浜みなとみらいホール小ホール
オペラ「死神」
3月24日(土)14時 横浜みなとみらいホール小ホール
◆お問い合わせ:
横浜みなとみらいホール
チケットセンター 045-682-2000 (電話予約10:00-18:00)
横浜とは長い関係です
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横浜みなとみらいホールの館長に就任されて5年目を迎えます。
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2007 年の4月からですね。けれども、実はみなとみらい地区との関わりは古いんですよ。1989年にできたてのこの地で「横浜博覧会」が開かれたときに、メインのパビリオンの音楽を担当して以来の長い関係です。
この縁ある「みなとみらい」という街で、キザかもしれませんが、横浜みなとみらいホールを「自由な風の吹いている場所」にしたいと願って、出演者もお客様もスタッフも一緒になってみんなで気楽に音楽を楽しめる場所を目指してきました。
横浜は港町として新しいものをどんどん受け入れて、さまざまなことを発信してきた顔があります。でもその一方で、歴史的な建造物や伝統文化を大事にしてきたという古いものを抱えた顔もあります。両方の顔に目を留めていたい、と思ってきました。
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小ホールでのオペラシリーズが話題ですね。
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小ホール・オペラシリーズはおかげさまで好評です。
そもそもこの企画を始めたのは僕の天の邪鬼な性格が関係しています。「そんなの無理だ」とか「できっこない」などと言われると、やりたくなってしまう性分なのです。だから、横浜みなとみらいホールはコンサートホールでオペラ劇場ではないからオペラはできないという常識を覆したかったんです。プロセニアム(劇場の額縁構造)もピット(客席前面に設けたオーケストラの演奏スペース)もないホールではオペラはできっこないという常識を覆して、ここならではのステージと客席が溶け合う空間にしたいと思っての企画です。
僕には音楽ホールの仕事をするときに自分に忘れないようにと言い聞かせている根本的なモットーがあります。コンサートホールというものは、いい音響の環境で、いい音楽を聴かせなければならないという鉄則はあるけれども、他方、音楽はどこででもできるのだ、ということも忘れずにいよう、ということです。音響や条件の整った環境でなければ音楽はできない、と頑に考えるのは間違っていると思うんです。音楽ができないという場所なんてない、ということ、たとえば野原でだってできる、ということを絶対に忘れずにいようと思ってきました。
「"善玉"ダブルスタンダード」ですよ(笑)。
ダブルスタンダードの精神で
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基準が2つあるということですか?
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ダブルスタンダードというと政治の世界などでは表裏の基準を都合良く使い分けるような悪いイメージがあると思いますが、音楽を考えるときには「いい環境での音楽」と「音楽はどこでだってできる」というふたつの相反する考え方を忘れずに持っていなければならないと思ってのことです。どうしてかというと、いい環境のホールでしか音楽ができないと考えると、音楽に対し限定的な発想でしかアプローチできなくなってしまいますから。
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音楽をプロデュースするときのモットーなんですね?
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そう、この考え方が基盤となって、この横浜みなとみらいホールというコンサートホールで、それも小ホールで、オペラをやろうと考えたんです。そして多くの人に通じたと思います。
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小ホールでオペラを観る魅力はどこにありますか?
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プロセニアムもピットもない上に、狭い客席に楽器が配置されるのでますます舞台との距離を近くに感じ、目と鼻の先で芝居が進行します。歌手たちの唾が飛んで来そうな空間で、肉感的に舞台がすすむのですから、むしろ魅力的であったりもするでしょう。
喩えて言うとウィーンの「フォルクスオパー」。オペラの本場ウィーンには、ドレスアップして気合いを入れて出かける「シュターツオパー(宮廷劇場)」と、普段着で仕事帰りに気軽に立ち寄れる「フォルクスオパー」があります。「フォルクスオパー」は直訳すれば「民衆のオペラ劇場」。オペレッタをやることが多いけれども、現代オペラもやったりする劇場です。舞台もロビーも客席も狭い、けれどもステージと客席が親密に溶け合う魅力があって、シュターツオパーとは全然ちがうカジュアルな雰囲気です。あの魅力をつくりだしたいと願いました。
狭い方が味が出る
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大きな劇場でなくても楽しめるオペラはありますか?
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小ホールという小さい空間にふさわしいオペラもたくさんあります。狭い方が味が出るオペラもあるんです。
昨秋に上演したプーランク作曲のオペラ『声』とメノッティ作曲の『電話』も、とても向いていました(2011年10月)。一昨年の僕のオペラ『耳なし芳一』のときには、楽器が並びきらずにステージからはみだしました。コントラバスが半分客席側に飛び出していました。これを邪魔だと見るか、面白いと思うかは、感じ方しだいですよね。でも、オペラの幕間に楽器が見たくてオーケストラピットを覗きに行くひとが大勢いるわけなんですから、ここなら覗かなくても見たいだけ見れる。これを楽しいと思うひとだっているはずでしょう。これもダブルスタンダードの発想ですよね。オペラを観るときにオーケストラや楽器が見えちゃいけないという固定観念だって、ちょっと観点を変えて覆して面白がろうじゃないか、という精神です。
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オペラ作品をたくさん作曲していらっしゃいますね?
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10作目のオペラが昨年完成し、先日初上演されました。泉鏡花の原作による『高野聖』という作品です。これは大きいところでやるためのオペラですね。
そして、僕の第1作目のオペラが「死神」という作品なんです。大学院生のときに委嘱されて書いたものです。よくあんな駆け出しの若いのに頼んだものですね。はじめは1時間のテレビオペラ用に書き、のち2幕ものに改作しました。5種類の編曲のバージョンがあるので、いろいろな形で上演されてきたかなり豊富な経験を持つオペラと言えるでしょうか。
この作品を、今度の横浜みなとみらいホール小ホール・オペラシリーズで上演します。落語が原案なんですよ。
寄席のようにオペラを楽しんでほしい
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落語がオペラになったんですか?
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もとはグリム童話のお話で、明治期の名人、圓朝が落語にしました。それを映画監督の故・今村昌平さんが大胆に脚色しました。落語では死神は骨と皮に痩せこけた爺さんなんですが、今村さんは妖艶な美女に翻案してしまいました。ストーリー展開がとても面白いですよ。妖艶な死神の入れ知恵で医者になりすました男が、人の寿命を見破る術を知って金儲けするのですが、あるとき死神の怒りを買って、人の寿命を司る蝋燭の部屋に連れていかれて、自分の蝋燭が消えそうになっているのを知って大慌て、といったストーリーです。
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落語とオペラとはなにか共通点はありますか?
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まずもって、僕は大の落語好きなんですよ。30本くらい、暗誦できます。すみずみまで克明に覚えているので、落語家の方と話す機会があったときに、細かい点を指摘したら真っ青になってしまいました(笑)。
それはともかく、僕の持論は、「寄席のようにオペラをやりたい」、というのですから、一番合致した作品を今回とりあげることになります。寄席のように小さい舞台に、しかも楽器が配置されるのでますます距離感が縮まり、繰り広げられる生身の芝居を、唾が飛んで来そうな目と鼻の先で味わう体験をしてほしい。
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オペラの音楽面の楽しみはどこにありますか?
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ソプラノの死神、バリトンの葬儀屋など歌手たちが登場して、いろんな歌を歌います。妖艶な死神が歌う誘惑のメロディも聴きどころです。ラストで、死んじゃった男が生まれ変わりのために胎内で歌う歌もお聴き逃しなく。
歌手たちにとってはお客さんがすぐ目の前。緊張するでしょうが、これを愉しみに転換して歌って演じてもらいます。
それに横浜みなとみらいホールの小ホールの音響のよさとステージの見やすさは、首都圏で一番と自負しています。どんな小さな声も音もちゃんと客席のすみずみまで聞こえますから、細かいところまでもしっかりと味わってもらえますし、全体をしっかり見てもらえます。
ぜひ普段着で、寄席に出かけるように、遊びにきてください。
2011年10月14日 渋谷にて