情報誌 毎月22日発行

12月号 / 2010

:インタビュー「柴 幸男さん」

10.11.16


柴幸男さん

演出家
柴 幸男 氏

SHIBA YUKIO

プロフィール

1982年生まれ愛知県出身。青年団演出部所属。
日本大学芸術学部在学中に『ドドミノ』で第2回仙台劇のまち戯曲賞を受賞。
2010年「わが星」にて第54回岸田國士戯曲賞を受賞。
何気ない日常の機微を丁寧にすくいとる戯曲と、ループやサンプリングなど演劇外の発想を持ち込んだ演出が特徴。全編歩き続ける芝居『あゆみ』、ラップによるミュージカル『わが星』、一人芝居をループさせて大家族を演じる『反復かつ連続』など、新たな視点から普遍的な世界を描く。愛知県での公演やワークショップ、岐阜県可児市での戯曲講座、福島県いわき総合高校での演出など、東京を拠点に地方でも精力的に活動している。
現在、シアターガイドにて「まちびときたる」を連載中。

◆急な坂スタジオ


(イベント情報)

「ワイ!ワイ!ワイルダー実行委員会」2010関連企画『ワイルダーカフェ』
『フランスの女たち』演出:早坂彩

日時:12月14日(火)19:30、15日(水)14:00/19:30
出演:竹田英司(中野成樹+フランケンズ)、えみりーゆうな、長田莉奈(荒川チョモランマ)、鎌田珠里亜(トレモロ)ほか
会場:急な坂スタジオ

◆詳しくはコチラ



見たかった公演を待つ一番のお客さんという感じです。 

「ワイ!ワイ!ワイルダー実行委員会」が立ち上がるまでのいきさつを教えてください。
正直なところ、僕はこんなちゃんとした「ワイ!ワイ!ワイルダー実行委員会」(以下、WWW委員会)が立ち上がると思っていなかったんです。
実質、僕の劇団で制作をやっている宮永と※1中野さんと※2「急な坂スタジオ」の加藤さんたちが立ちあげてくださって、僕は「面白そうですねー」って言っているだけの役割りだったんです。
なので、僕の周りの方が本当に熱心に取り組んでくださって、僕は見たかった公演を待つ一番のお客さんのような感じです。実際に作品を作るということはやっていますけど、実行委員会としてそんなに仕事をしていないんです。そもそも、僕とワイルダーを引き合わせてくれたのは中野さんで中野さんが僕の作品を見て「ワイルダーの新作みたいだ!」というような褒め方をしてくださったんです。で、「わが町」をちょうど読み始めていたところだったんで、それがとてもうれしかったんですね。中野さんは初対面のときから、WWW委員会をやりたい!と言っていて、この人はどこまで本気で言っているのかなと思ったら、ぜんぶ本気でした。

※1 中野さん・・・中野成樹さん 1973年生まれ。演出家。中野成樹+フランケンズ主宰。
既存の海外戯曲の魅力を新たな視点で探求することを、意訳のうえに誤訳でもあることから「誤意訳(ごいやく)」と呼び、翻訳劇の可能性を切りひらく。ワイルダー作品を扱うことも多く、2010年5月に上演した『寝台特急"君のいるところ"号』(『特急寝台列車ハヤワサ号』より)は4度目の再演となった。ワイ!ワイ!ワイルダー実行委員会の発起人でもある。


※2 「急な坂スタジオ」の加藤さん・・・加藤弓奈さん 1980年生まれ。早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。
2003年4月、大学卒業と同時にSTスポットに就職。2005年、館長に就任。2006年、急な坂スタジオ立ち上げに参加。2010年4月、急な坂スタジオ ディレクターに就任。


WWW実行委員会のスタートを心から喜んでいる!という感じですね。
そうですね。
今年7月の「ロングクリスマスディナー」は決まっていて、もうひとつ岐阜で「わが町」を市民劇でやって、そしたら中野さんもやる...いろんな人がやるってことで、見たら1年間ぐらいワイルダーの作品をやることになったので「これは、WWW実行委員会を立ち上げよう!」と、そこはちゃんと決めたっていうか。やります!って、感じになったんですけど、骨格の部分は中野さんと制作の宮永が話し合って決めてくれました。
そんな感じなので、僕は「自分の屋台は出してるけど、お祭りを歩きまわって一番楽しんじゃってる」という感じなんです。
7月25日は急な坂スタジオでトークセッションを開催されましたね。雰囲気はいかがでしたか?
すごく楽しかったです。ワイルダーにものすごく詳しい人2人と僕だったので、僕があきらかに、にわかな感じになっちゃたんですけどね。
ワイルダーが好きで、劇作家として共感している部分があるのは本当なので、2人と話ができたのは本当に楽しかったです。
今回、ワイルダーの企画で2人と文通をしているんですけど、その中で出てくるのは、音楽でいうリミックスのような話になりますね。古いレコード盤を持ってきて、いい部分を切り貼りして、もとのオリジナルのリスペクトは残しつつ、現代にも通用する表現としてもう1回作り直す。
そういう作業です。どの盤がいいとか、どの年代のこれの部分がこれに通じてるよね...とか、かなりマニアックな話。この作品とこの作品のここの部分は実はこうでとか...。
かなりマニアックですね。
普通の人が聞いてもわけがわかならい。でも、しゃべりあえる人同士で、集中的に話せる。これは、とっても贅沢な時間なんですね
ワイ!ワイ!ワイルダー実行委員会 

ワイ!ワイ!ワイルダー実行委員会_2

photo上下:トークセッション 水谷八也×柴幸男×中野成樹「さて、ワイルダーの話をしましょうか。」7/25(日)開催の様子

今日も※3ワイルダーカフェの公演がありますが、この企画をスタートされた時の反応はいかがですか?

※3 ワイルダーカフェ
若手演出家の創造環境をサポートする実験的な企画。公募により、ワイルダー作品を演出する若手演出家を決定し、急な坂スタジオにて15日間かけて短編作品を創作&期間中に発表するというもの。

応募者の条件として「演出した作品が5本以下」という難しい条件だったので、応募者は少ないだろうと思ったんです。でも、若い人たちが応募してくれたので、ちょっと驚きました。
それに、シェークスピアならまだいろんな選択肢があって、自分の作品ならこうってマッチングしながら演出できるのですが、ワイルダーの作品だと日本に持ってこられた作品も少なければ、実際に手に入れるのも大変なんですね。なので、『自分はこの作品をこのように演出したい』というような企画書まで書いて出してくれる人って、実際はどれくらいいるんだろうって思ったんですね。
逆に応募してくる人がいるだろうという根拠もあったんです。そのひとつは、中野さんがこれまでワイルダーを演出してきたことで、演出家が企画を立ててちゃんと考えるようになってきたんじゃないかと思いますね。賢くなっているんだと思います。
それから、もうひとつは、急な坂スタジオが何かをやるってことに対して敏感になっているのかなと思います。急な坂スタジオ以外の企画だったら、わりとスルーされていたかも知れないけど、1年間通しての企画で急な坂で稽古して発表するっていうのは、演出家にとってすごく魅力的で応募しがいのある企画だったんだろうなって思います。
若手演出家の方がワイルダーの作品を演出されることによって、どのようなことを期待されますか?
僕は、今まで見たことのないワイルダーの作品が生まれたらいいなと思っています。
見方の視点をひとつ増やすというか、こういう側面もあるのかも知れないって僕らが気付ける可能性もあるのかもしれないし、間口も広がるので。僕個人は、僕が思うワイルダーらしさからはずれたところで違ったものができたら、すごく面白いなって思います。
柴さんの思うワイルダーの魅力とは?
作品それぞれにあります。
トークショーのときにも話したんですけど、物語や作品に対する目線が自在というか...俯瞰してるんです。それがある意味、冷酷というか静かというか、冷たいというか...よく言えば、落ち着いた印象なんです。
中で大事件がおこっていたとしても、それをすごく遠くから熱くなりすぎずに冷静に描くことで、そこでおこっていることとか、人が思っていることとか、考えていることの本質に近づこうとする。さくっと死んだり、さくっと出てこなかったりもするんですけど、シーンをいきなり切っちゃったり、冷たさの中に暖かさがある、そういうところがいいんです。
表面的にはハートウォーミングな普通の話に見えるのですが、そのひとつ奥をめくると、すごく冷酷でシステマティックな仕掛けや、あくまで冷静にすごく理知的にというか...理屈じゃないんですけど、人間の知性を信じているところが好きです。

大事なのは「ロビー」だと思うんです。

柴さんは、以前、インタビューで「演劇をとてもよく見る人と、見ない人との差が大きい」とおっしゃっていたのですが、それを埋めるためのアイデアとして、どんな方法が考えられますか?
街があって街の中に劇場があり、そしてその劇場の中に舞台があって客席がある。そこには、二重に壁があると思うんです。それは、客席からロビーに、そして、ロビーから外への壁です。そこで大事なのは「ロビー」だと思うんです。その「ロビー」は、物理的にもあるし、精神的なところにもある。このロビーを開放して、そこに人通りが自然に生まれるようにすれば、おのずと客席にも人の流れが生まれてくるんじゃないか...そう思っているんです。
わかりやすくいえば、人を集まりやすくするということです。それには、すごく演劇を見ている人、つまり客席にいる人と、舞台が協力することでロビーも開かれることになるのかな...と思うんですね。今度「わが町」を公演する可児市文化創造センター(通称:ala)っていう劇場があるんですけど、そこは、すごく気持ちのいい芝生があって開放されていて、建物は全面ガラス、その中にテーブルがあって、そこでは中学生とか高校生が勉強しているんです。無料で使えるパソコンがあったり、雑誌が置いてあったりして自由に過ごせるようにもなっているんですが、そうするとそこで、芝居を見に来た人と、そうでない人が混ざり合う。芝居を見ない人たちが、芝居を見に来る人がたくさんいるということを知ることができるんですね。
そこで、芝居を見ない人に、芝居好きの人が芝居を見ているところを見せればいいと思うんです。
見ているところを?
つまり、芝居を見たことのない人を、いきなり劇場の席に連れてくると「舞台」対「自分」になってしまうじゃないですか。そうすると緊張してしまいますよね。
そこで『芝居を見て楽しんでいる人』を芝居を見ない人に見せたらいいんじゃないかなと思うんですね。芝居を面白そうに見ている人を見て、それを面白そうだと思えば近寄ってくるし、興味がなければ、離れていく...。いきなり客席しかないとなると、敷居は高いと思うんですよ。それができたらいいなと思うんですけど、物理的にどうなのかわからないんです。
2年前に※4多摩川アートラインというイベントで東急多摩川線の三両編成の車両の中で芝居をやらせていただいたんです。
客席は電車のイス、上演時間は蒲田駅から多摩川駅までの約10分。お客さんは前もってチケットを買ってもらうというかたちで、おかげさまで満席だったんです。
公演中は、途中の駅でドアを開けると、チケットのない人が間違えて乗ってきてしまうので、途中の駅では停車してもドアは開けないようにしていたんです。でも、何も知らないで駅のホームに立っていた人は、電車に乗ろうとするんですね。
でもドアは開かないし、中はなんかやってるし...という状況になる。演劇に近づくつもりはないのに、勝手に劇場のほうから勝手に近づいてきて、俳優の会話を見せることになったんですね。
その人をいきなり座席に座らせたわけではなくて「あれ?何かやっているな」というところまで引き寄せる。でも、僕はそこまでで十分だと思うんです。演劇があって、それを楽しんでいる人がいるんだってことが伝わればいいなって。
「楽しいからおいでよ!」って腕を引っ張るのではなくて「演劇が面白い」と、そこに価値を見出して喜んでいる人がいるんだってことを、外からか垣間見ることができるような仕掛けができたらいいなと思うんです。
それを実現するには、劇場と作る僕達と、それを見に来るお客さんが全部一致団結することが必要ですね。3つが協力するとすごくいいんじゃないかって。そうやって電車でやること自体、楽しかったですし、結果的にそれがロビー化というか、拡大化していくような作品になったらいいなって思いますね。常にそれを考え続けなければならないというわけではないんですけど...。
そういうことを考える企画があってもいいんじゃないかなって。逆に閉じる企画もあってもいいなと思いますし。

※4 多摩川アートライン・・・2008年11月1日(土)~9日(日)に開催。大田区・多摩川下流域エリアの鉄道(アートライン)・駅(アートステーション)・街(アートタウン)を舞台に、市民と企業で取り組む、現代アートによる街づくりの活動。

日常はすべていとおしいです。

柴さんのお芝居に出てくる登場人物は、自分のまわりにいそうな日常的によくありがちなキャラクターが、日常によくありがちな会話をしている、しかし、その背景は、時間軸が千年とか、宇宙など非現実的なものが多いように思います。そのような組み合わせで作品をつくる意図はありますか?
変な人を作るのに疲れてしまったんです。
最初は変な人を作っていたんです。でも、面白いキャラクターを作ろうとすると、最終的に「うそを作る」という方向になるんですね。それが嫌になったんです。
例えば、ありえないキャラクターを作るとして、彼がどうしてこういう人になったのかという理由が必要になって、そこでまた嘘をつかなければならなくなるんです。
そんな嘘のつき方が、あんまり面白くないなって思ったんですね。だったら、何千年という時間の嘘や、場所が自由自在に入れ替わるという嘘のほうがいいと思ったんです。
キャラクターやストーリーの嘘ではなく、別のうそをついてみようと。そうやっていったら、中で起こることはどこにでもありそうなことだったり、誰にでも起きそうだったり...ということになったんです。
見ている側としては、現実的なキャラクターと非現実的な背景に、最初は「あれ?」と思うのですが、だんだん違和感がなくなって、どんどんその世界に引き込まれていってしまうんです。
どこにでもいそうな人が登場することによって、見ている側は自分の出来事のように感じ、自分の思い出や、自分の体験したことを照らし合わせながら、見てくれているのかなっていう感触があったんです。
ありふれたものを、見方を変えるという嘘をついて表現するっていうのは、ひとつの方法なんじゃないかなと。それはまさにワイルダーがやっていたことと一緒なんです。だから、キャラクターに関する嘘は1回休んでみようと思ったんですね。
ここ最近は、どこにでもいそうな人が、特に何もおこらないってことをやっていたということが多かったです。
「日常」は柴さんの中では、どんな位置にあるものですか?
以前は芝居の中で、非日常をつくることに頑張っていたんです。
それをいったんやめて、日常を新しく描くことに力を使っていたのがこの3、4年ぐらいんなんです。それを評価してもらえたのはうれしかったですね。日常の中にワンダーがあるというか...。
でも、それを一生やるかどうかわかりません。最近は日常の中の価値とか、ドラマとか瞬間を探しすぎている、何かを見つけようとしている自分がいるんです。それがなんかいやらしい気がして。でも、作家として同じことをずっとやっていると、劣化しているような、自己模倣しているような気持ちになってきてしまうんですね。そこから、自分や作品がちょっと変わってくる...そういう周期はあると思います。
でも、本当は日常を扱うものをやりたいんです。
ここに紙があるとか、紙をパンと落とすとか、それだけのことをもっとつき離して美しいと感じるように...美からも離れたほうがいいのかもしれませんが...。そういうことを「尊い」というようなものに見せられたらなと思います。
僕個人としては、人間の日常はすべていとおしいです。
仕事すること自体、尊いものだっていうのが根底にありますね。
では、今後、作品が非日常的なものになる可能性もあるということですね。
そうですね。でも今は、もっと何でもないことに感動したいんですね。
矛盾しているんですけど、誰も何も気に留めてないことこそが、すごく泣けてくるような、うれしいんだか悲しいんだかわからないような感情がゆさぶられるものだって気付けるような...。錯覚でもいいんですけど、そういう感覚に陥るような現象を作りたいんです。
柴さんのお芝居では、あまり舞台装置を見かけませんが...。
舞台装置を作らないわけではないんです。
僕は芝居でシーンを瞬間的に変えたいと思っているので、それに対応できる舞台装置を作るのが非常に難しいんですね。
なので、具体的なものはそんなに作れないというか。ワイルダーの作品で、舞台の装置がどんどん飛んでいってしまうというのがありますけど、作っておいて分解されていくっていうのもあると思うんです。
でも、そういうのは見ている人の頭の中で作ってもらえば、変幻自在というか、メタモルフォーゼするのは頭の中でやってもらう、それもひとつの方法だなって思ったんです。でも、舞台美術家と相談して、創造力を引き出すようなものは、何かしら作っているんです。でも、具体的なものはあんまり出さないですね。動き回ることが多いのでそれがじゃまになるし。しかも、ものを出すとしまうところも考えなくてはいけない。
人間は自発的に動いてくれるから助かるのですが...机や舞台の小道具も自発的に動いてくれたらいいんですけどね。
本当ですね。自分で出て、自分で舞台からひいてってくれるような机があればいいですね。
あいちトリエンナーレで、平田オリザさんのロボット演劇を見たんです。
僕は近い将来、照明とか舞台美術の世界でロボットが実用化されると思うんです。つまり、芝居のタイミングに合わせて自動的に照明や装置として動いてくれるようなロボットです。近い将来、導入されるんじゃないですかね。人がしなくても、イスや机が勝手に動いて下手にはけていってくれるようになれば、すぐに使うようになると思うんですけど、今はじゃまなので、人間が座っているかっこをしてくれたほうが楽。
理由はそれだけじゃないですけどね。そんなに深い理由はないです。お金もないので。

「やさしさ」なんです

柴さんのお芝居は、歌があったり、早いテンポで動いたり、組体操のようなことをしたりという場面がありますので、俳優さんは様々なことを器用にこなす方ではないとダメなような気がしますが...。
はい、僕の芝居は歌やダンスが入ったり、シーンの展開が何度もあったりと全体でフォーメーションを考えて動かなければならないものが多いんです。
ひとり芝居のときはいいんですけど、サッカーと同じで全体でフォーメーションを考えて動かなきゃいけないというのが多いんです。なので、俳優は自分ひとりの動きに集中するだけでなく、相手の動きを見ながら、次に自分が何をしなければいけないかを常に考えることが要求されます。
それを実現するために必要な資質が「やさしさ」なんです。
たとえ歌やダンスが上手でも、やさしさがなければ自分勝手な動きをしてしまって、結果的に全体のリズムが壊れてしまう。相手の存在を認めて、その立場を想像することができる人は、相手の気持ちの揺れを察して、次に自分がやるべきことをイメージできるんですね。だから強いて言えば「自分勝手ではない人、やさしい人」であることが俳優を選ぶときの条件はなんです。
俳優さんを選ばれるときに、優しい人かどうかをどこで判断するのですか?
僕が「こうやって欲しい」と言ったことを出来なかったときの対処の仕方を見ますね。その対応の仕方が大事というか...。本当だったら、すぐにできる人を呼べばいいんですけど、できないことをまわりと協力して、どうしたらできるかを考えたり、協力的なオーラを出したり、前進するオーラを出す、そういうオーラを出せる人なのかどうかで判断します。
すぐにあきらめようとする人はダメですね。どうしたらできるかを試してみることができること。割とへこたれない人、ダメでもこうやってみたらどうだろうって、試してって何回でもミスできる人。
遠い目標が設定できていれば、手前のミスはどうでもいいので...。それを何回も何回も繰り返すことができる人ですね。すごく精神的なことになっちゃったんですけど、その作業を楽しめる人。さっきもダメだった、今もダメだったけど次はこうできるかなって...そういう作業を一緒に楽しめる人がいいかなと。でも、最後はフィーリングです。
今後、こんな作品を作ってみたいというのはありますか?
2つあります。
1つは、ストーリーにクライマックスがあってダダーンと終わる、人間の気持ちについて書いた芝居と、もうひとつは、風景画のような写真のような記録のような何もおこらない、バシッと時間を止めただけのどこにも人間の気持ちが入っていない、そんな単なる書き記されたものにドラマを感じるような...
そんな2つ。どっちもやりたいです。
横浜の印象はいかがですか?
住んでみたい街のひとつです。
横浜は都会なんだけど自転車で行き来ができる、一人の人間が暮らしていく中で、許容できる範囲ですよね。東京はもう越えているといか、面積も人もキャパオーバーという感じ、名古屋は土地が広すぎるんですよね。
横浜はすごく密集していて、海もあれば山もあって、劇場もあれば買い物もできるところもある。でも、それらは密集しているというか、そこに行けば誰かがいるという状態が作れていると思うんです。
僕が考える街っていうのが、どこに行っても知らない人じゃなくて、街の中は知らない人がたくさんいるんだけど、ある場所に行けば知っている人がいるっていう、安心できる範囲ですね。横浜は、生活していくには居心地の良さそうな場所だなと思います。

2010年9月 急な坂スタジオにて


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