情報誌 毎月22日発行

10月号 / 2009

:インタビュー「浅田政志さん」

09.09.11


写真家 浅田政志さん

写真家 浅田政志氏
Masashi ASADA

プロフィール

1979年三重県生まれ。日本写真映像専門学校(大阪)在学中に「浅田家」シリーズを撮り始める。2003年上京、スタジオフォボス勤務を経て、07年に写真家として独立。08年、写真集『浅田家』(赤々舎)を刊行し、第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。最近では全国の他の家族を撮影するシリーズ「みんな家族」も開始。主な個展に、「浅田家~あなたもシャッター押してみて」(08年、PARCO渋谷店、名古屋店)、「浅田家~赤々・赤ちゃん)(08年、AKAAKA)などがある。

浅田政志さんの公式HPはこちら

イベント

10/23(金)~11/8(日)※10/26(月)休館
<会>横浜市民ギャラリーあざみ野 展示室1・2
「横浜市民所蔵カメラ・写真コレクション+企画展 Photo Communication(フォト・コミュニケーション)」

<問>横浜市民ギャラリーあざみ野
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浅田政志《asadake》2005年 タイプCプリント


今年3月に、木村伊兵衛写真賞を受賞された写真家の浅田政志さん。受賞作の「浅田家」は、ご自身を含む浅田家の家族全員が、ライヴで熱唱するロックバンドや消防士、ラーメン屋で働く従業員、学校の朝礼に並ぶ教師などに扮した姿を撮影したユーモア溢れる写真集。作品からは、家族がその人物になりきる滑稽さや、浅田家に流れる穏やかな空気が感じられます。この秋に開催される、あざみ野市民ギャラリーの写真展「Photo Communication(フォト・コミュニケーション)」への出展と、浅田さんの家族観についてお伺いしました。

「一体、どんな展示だよ!?」ってことになりますね
~Photo Communication(フォト・コミュニケーション)への抱負~

木村伊兵衛賞を受賞されて、その後、まわりの状況というのは変わられましたか?
変わらないです。こういう取材や、今やってることという意味では変わったところはあるかも知れないけど、賞をいただいてガラッと180度変わったという感じではなかったですね。写真集を出してから木村伊兵衛賞をいただくまでしばらく時間があったんで、その半年はすごく変わった部分が多かったですね。その延長上に木村伊兵衛賞を頂いたという感じで。写真集を出版させてもらったことが、そこが僕にとっての一番のニュースだったかな。
それは、いろいろな取材が増えたりということですか?
自分のやっていることが、どんどん広まっていって。今までは、大阪で発表したり、7年間ぐらい撮っていた中で、僕のことを知っている方っていうのは、大阪で写真に興味がある方ぐらいしかいなかったのが、写真集が出てから、知らない土地に写真集が置いてあって「パラッとめくってすごくよかったから」ってメールをもらったり「テレビで見て知りました」とか...。今までに比べると、僕を知っている人が爆発的に増えた年ではあったし、まさか、伊兵衛賞いただけるとも思ってなかったし。でも、それは全部家族の力だなと思うところがあって。僕は家族の力がなかったら、それこそ何もできなかったし、写真すら一枚もとれなかったし。僕だけの力でなくて、あと家族3人の力があって、4人の力が写真の中心になってくるから、より人を惹きつける力があったのかなって思うし。こんなどうしようもない奴がこんな賞をいただけるのも、家族の力だと。
10月にあざみ野市民ギャラリーで開催される『ヨコハマフォトトライアングル-Photo Communication(フォト・コミュニケーション)』はどのような展示会にしたいと思っていらっしゃいますか?
今回のようなグループ展は初めてなんです。朝海さんと若木さんと僕と三人で展示するんですが、こういう試みは面白いなと思っています。自分の写真については、写真集の『浅田家』からと、去年、兄が結婚して、写真集では発表していない5人バージョンと、7月にお兄ちゃんとこに赤ちゃんが生まれて6人になったんで、まだ、撮ってないんですけど、それも展示する予定です。4人が5人になって、6人になるっていう、家族が増えていくところを展示するのは初めて。今回の展示で、家族が増えていくっていうのは嬉しいことだなっていうのを、写真でできればなぁって。
写真の企画展示をいろいろされていますが、どういうことを大事に考えていらっしゃいますか?
展示では、展示会場でしか見ることのできない何かをしたいなと思っています。ギャラリーや美術館によく写真を見に来られる方以外にも見てもらいたいと思ってて。それで、そういう方に見てもらったときに、懐かしいなとか、きれいだね、という感じだけじゃなくて『こういう楽しみ方があるんだ』とか『単純に楽しかった』って思えるような、何て言ったらいいかな、写真集で伝えられることと、展示で伝えられることは全く別で、伝え方も違うと思うんですね。展示は展示で可能性があるんですけど、今こんなに写真が普及している中で、写真が好きだったら行くんだと思いますけど、みんながみんな会場に来るわけではないってことを考えると、写真やっている僕は展示会を変えていきたいなと思うところもあって。
春に赤々舎で開催された展示会では、どのような展示会をされたのですか?
その時は、家族5人の写真と、家族みんなの得意なものを展示したくて、母にアメリカンフラワー、大きいまん丸の花を無茶言って作ってもらって、すごく目立つような大きいのを作ってくれて。で、お姉ちゃんは、ぬいぐるみを作るのが得意なんで、雲と星のぬいぐるみを家族の人数分作ってもらったり、お兄ちゃんには、写真全部のフレームを作ってもらって、親父はちょっと絵がうまいんで、3m×1.5mくらいのでっかい絵を無理やり描いてもらったりたりと家族全員に協力してもらいました。家族の協力体制がよくなっていくと、写真もどんどん良くなっていくっていうのを、展示会場でも味わってほしくて。家に写真が飾ってあるような感じで、そこで、家族がさらに会場を良く見せるような(笑)。
楽しい展示会ですね。
「一体、どんな展示だよ!?」ってことになりますね(笑)。けど、そういうものが写真を読み解くキーになるかなと思うし、展示会ならではのものですよね。今回もそういうことをやりたいなと思っています。また家族でなにか作ったものを、写真にからませて。

みんなの表情が1枚でタイミングが合うっていうのが難しいんです。
「おかん目ぇつぶってるやん!」(笑)みたいのとか。

家族写真を撮り出したきっかけは、何でしょうか?
「写真一枚で自分を表現しなさい」っていう課題だったんです。学校でそういう課題を与えられて、たった一枚で表現しなさいと言われてわからなくなって。「たった一枚自分が撮りたい写真は何ですか?」というような問いだったら考えられるなって思って。写真ってどんだけでもストックできるし撮れるけど、一枚に対する何か『たった一枚』という感覚がなかったんです。それで、ほんとに残したい一枚は何なのかな、って思った時に『家族』かなあと。
最初のご家族の反応はいかがでしたか?
学校の課題だったんで、親としては「協力しなあかんな」という感じでしたね。まあ、写真学校に行っていて、進級が危ないということで(笑)「しょうがないな」、「嫌な部分もあるけど、まあやるか」って。やっていくなかで、人に見てもらって「お父ちゃん面白いね」とか、親父も「そう言われちゃあ...」って嬉しいみたいなところもあって。今は協力的ですよ。意外とノリもいいし。まあ、7年かかったところはあるけれども、それぞれに変わっていった部分ではありますね。
様々な職業に扮することに関して、ご家族が抵抗を感じたりというのはなかったでしょうか?
最初は、昔の思い出の再現みたいなものをやっていたんです。だけど13枚ぐらいで再現したい思い出がなくなって(笑)。それでも写真を撮りたいという思いだけが残って、ならば何ができるのか?家族写真を撮る中で、地元で何ができるのか?と考えて、そういう中で生まれたものが『職業』だったっていうだけで。消防署に行って、消防士さんが大勢いるところで撮影をやらされたりとか、ハードルもどんどん高くなって、フィールドがどんどん広がっていきましたね。いきなり変わったわけでなくて、ちょっとずつ広がって、自分たちのスケール感というようなものが大きくなっていったというか。だから、自分がその職業の人に出会えたっていうのもすごく大きいし、家族で色んなところに行って、『今日のお題は!』みたいなことをやって遊んだりとか、そういう中で、今まで撮れなかった思い出の再現がどんどん出てきて、それをもう一度再現したのが、写真集の裏表紙の青バージョンの方から始まる方なんです。だからああいう構成になっているんですけど。自分の中でも嬉しかったことというか、わけのわからないことをやってたんだけど、こんなに単純にいい思い出があるじゃないかって思ったときに、おおっと思って...。それが青バージョンの方ですね。
どういうシチュエーションで撮影するかは、ご家族と相談されるんですか?
シチュエーションは無限にあるんですよ。あるんだけど、果たしてそれ撮って面白いか?とか、4人で成立するのか?とか、これかぶってないか?とかいろんなことを考えるんですよ。それを僕が判断していく部分があって、最初はそうやって決めてました。途中から、お兄ちゃんが「こういう友達がいる」とか「こういう場所があるよ」とか、親父が「次はこういうのいいんじゃない?」って提案したりとか、そういうのがすごく新鮮な部分がありました。みんなが「あ、それいいな」って思ってやったこともありますけど、そのうちの殆どは「それちょっと、どうなの?」って感じでしたね。
どんなシチュエーションで撮影するかは、浅田さんが練って考えていくというわけではないんですか?
撮影の時は、僕が決めていることは殆どなくて「こういう場所があって、こういう服を着ていて、こんな中で撮れるんだけど、どうしようっか?」って、そういう感じになるんです。どうしてかっていうと、ずっと前から考えてこういうシチュエーションで、これでいくぞってやって撮ったとしても、それは撮れるんですけど、もっとその場に意見が飛び交ったり、みんながどんどんのってくれたりと、撮影している最中にみんなに楽しんでもらうには、最初の考えに当てはめるだけじゃだめなんですね。その場で生まれたもの、みんなの意見の出し合いとか、その時のテンションとか、そういうのが面白いし、家族はモノじゃないので、そのときの雰囲気を大事にしたいなと。だから作り込んだ物の中に、本物の僕たち家族のリアルな駆け引きが見えたりするところは、「こういうの面白いな」って感じた部分ではありますよね。
ご自身も写られるわけじゃないですか?アングルやどこから撮るかというのは最初から決めて撮影するんですか?
それもやっぱり、最初はこうだなって決めてやるけど、微妙な立ち位置とか、こっちの方が全然いいじゃん!というのもあるから、カメラ位置が動いたり、人が動いたり、そして設定が出来上がっていって、ファインダーをのぞいて、これいいかも!っていうところまでいくんですよ。そこから家族みんなで、こういうシチュエーションで多分いけるから、ってスタートするんです。そこからみんなの表情が1枚でタイミングが合うっていうのが難しいんです。いいところまで来てるけど、「おかん目ぇつぶってるやん!」(笑)みたいのとか。そうなると全然だめなんです。全員の表情がぴたっと合っているのを狙おうと思ったら、そこからまた、100本ノックのように「はい、もう一回」「はいもう一回」って(笑)。
ほんとに、家族の協力が必要ですね。
1つのシチュエーションで、30~50枚撮るんですけど、撮影したものを見ると一枚だけ、写真集に入ってる一枚だけが飛びぬけていいんですよ。あとのは全部良くなくて。比べてみればわかるんだけど、あとのはダメなんです。例えば、写真集に入っているもの以外の写真で構成したら、多分全然面白くない。バランスや空気が違う一枚があるんですね。

人生に写真が関係ないんだったら、いらないなって思うんですよ。
~家族写真がもたらすもの~

浅田さんが、写真に興味を持ったのはいつごろのことですか?
中3の頃ですね。
自分で撮るほうに興味があったんですか?
友達を撮ったり、家にあったカメラを興味本位で触ったりしてました。それが最初ですね。高校で写真部に入ったんです。でも、そこで写真にはまったというわけじゃなくて、学校が終わって友達と遊びに行ったする中で、その間に写真をやってました。卒業の年にいっぱい応募したんです。そのうちのひとつが金賞に入って、自分で賞をもらったのがそれで始めてで、高校卒業したら写真学校に行きたいって思ったんですね。で、行ったらまた遊ぼう!って(笑)。その間にやった課題が家族写真だったんです。だから、そういう意味では、今が今までで一番ちゃんと写真やって、今までで一番写真のことばっかり考えているかも。
「あなたの家族写真、どこでも撮りにいきます」の企画で、他のご家族の写真も撮影されていますよね。事前の打ち合わせには、どのくらい時間をかけるものなのですか?
そうですね。3時間か4時間かけてしゃべって、基本は1回で終わるときが多いですね。
けっこう時間がかかりますね。
夕食時間にしゃべって、こうしましょうよって。で、うちはいつがいいとか。そんなんで、撮影日は打ち合わせが終わるまでわかんない。今日相談する家族が、どういう流れでどういう撮影になるかっていうのは、打ち合わせ前には全然わからなくて、いつもどうなるんだろうって思いますね(笑)。打ち合わせしていくなかで「それはいいですね~!」というところまでいくんですよね。ゼロの地点からそれぞれの家族が、今こうやったら一番いいでしょう!というところまで考えを共有していくっていう作業がすごく面白くて。こちらから「こういうのがいいんじゃないんですか?」っていうのは絶対に嫌なんですよね。みんなが「これだね!」と納得するところまで持っていきたいから。
家族によって打ち合わせのし方も違ってきますよね。
その打ち合わせでは、ほんとに家族の話になるんですよね。生い立ちだったりとか、故人の話だったりとか、今の家族の話にもなるし。だから、家族会議の中に僕がいるような感じになるんです。僕は初めて会った方の家にいて、家族の歩みを聞けるんですけど、家族みんなが知っていると思いきや、それは知らなかった!という発見もあるんです。そういう話自体が面白いなと思っていて、どう撮るかということでは、今まで僕が『浅田家』を撮ってきていっぱい学んだことがあるんで「こうしたらいいんじゃないですか」って提案できることはあるんですけど、今の課題としては、その家族がもっているありのままを出せれば、ということだけですね。僕の方法論でやりすぎると僕っぽい写真になっちゃうんです。それは、避けたい。その家族がほんとに出るような感じで撮っていきたくって。それが今、課題かなと...そういう話は自分で解決していけってことですよね(笑)。
今後は、どういった作品を作りたいとか、こんな企画展に挑戦してみたいな、というにはありますか?
目の前のこととしては、お兄ちゃんの赤ちゃんが生まれたんで、その赤ちゃんを入れて、『浅田家』を撮っていこうかな、とか、今撮っている『家族シリーズ』をまだまだ頑張っていこうかな(笑)、っていう。
頑張って欲しいです!作品を拝見している側としては、あんなのもやって欲しい、こんなのもやって欲しいって感じになっちゃいます。
もう、大変なんですから(笑)。今、目の前に、やろうと思っている二本柱があって、ただ、その家族シリーズの方もゆくゆくは海外に、世界の家族へ(笑)。ま、夢ですけど、国が変われば家族のあり方も本当に違うでしょうから、そこにもすごく興味があります。日本のいろんな家族を撮って、その先に対象として世界があるし、自分の家族の写真も今度は6人になったりして、自分が結婚したら7人とかに増えていくだろうし、20年30年たったら親父が亡くなっちゃったりとか、母が亡くなっちゃったりとかして、減っていく時期があったりするだろうし、そこも撮っていきたいなって思うし、自分がもし死ぬ時が来たとしたら、自分の息子とかが引き継いでくれて、まだ続くのか...(笑)。そういう意味では、第一章が始まったばかりというか、これからどんどん変わっていけるだろうし、その活動はずっと続けていきたいなと思っています。しかし、先が長いな...(笑)。
例えば、浅田さんの息子さんが婿養子になられて、名前が変わっちゃたら、『浅田家』じゃなくなっちゃうことも(笑)?
確かに(笑)。けど、僕は、そういうありのままを出したいんですよね。だから、僕が離婚するかもしれないし(笑)。もしかしたら、写真を撮っていくことで離婚しないかもしれないし、写真をそういう力に転化できないかなって思っていて...。写真の見え方より、それが作用する自分たちの家族の関係性を築いていきたいというか、実際の僕たちの生活や関係性がよくならないと意味ないんです。皆で写真を撮る意味がないんですよ。写真が自分たちの家族だったり、人生だったりとか、自分の友達にとってどれだけ密接に有効に作用できるか、それによって変わるんだってことをどこまでできるのかっていうことに興味あって。人生に写真が関係ないんだったら、いらないなって思うんですよ。でも、もっと自分たちの中に入ってこれるなって思うし。それは、色んな家族を撮っていくなかで、自分が解決しなきゃいけないなって思います。だけど、100家族200家族撮れれば、僕はもう少し色んなことを勉強できて、変わっていけるんだろうなっていう予感はありますよね。自分がもし、写真を撮ることでいい風に変わっていけるなら、それだけで僕にとっては価値があるんですよ。たとえ、写真がよくなくても(笑)、撮っていく過程に楽しい思い出があればいいし、なんか楽しいんですよ。今、200家くらい応募が来ていて、ちょうど1年間で20家族撮れたんですよ。結構それは、自分ではハイペースな方だな、と思うんですよ。本当にそれを中心でやってきた一年だったから、それでもやっぱり1年に20家族しか撮れなかったし。ま、200家族撮るには10年ぐらいかかるわけですよね。で、撮って下さいって人がどんどん増えていくかもしれないし、結構エンドレスなんですけど、それぐらいやっても、家族っていうことに関して、自分がまだ勉強するところあるだろうし。けど、なんかある意味楽しみな部分もあって、10年後まで絶対やらなきゃいけないことがある、と。
10年先まで決まってるんですものね。
やろうと思うということが10年後まであるっていうのは、初めての体験で。意外と刺激的というか、10年先の自分をどう変えていくために、何ができるのかなあと考えるきっかけにもなりましたね。

いつから家族なんだろう・・・

ご自分の作品を撮られるときと、あらかじめテーマや制限があって依頼されて写真を撮るときと、写真の撮り方はどのように変化されるんでしょうか?
それは、仕事と作品ってことですよね。違う部分もあるんですけど、やっぱり、つながる部分がある。仕事で撮影をするときは、自分の中では色んなお題を与えられいてるという感じですね。色々な制限もあるし、その中で撮るものも変わってくるところあったし、ある意味、いつもやらないことを、課題を与えられるわけですよ。それを自分がやってみて、例えば撮影時間が短い中、こうやっていたほうがいいんだとか、作品にも転換できるような情報がいっぱいあるんです。作品を作るのもお金が必要だし、こっちもやりたいから、仕事も楽しくできる。仕事だけだと疲れるかもしれないというのも確かにあって。けど、それが、今すごくいい感じでまわっていて、作品を良くしたいから、仕事でも何か吸収したいなと思っている部分もある。それがあるから作品もつくれるし、今、どっちも頑張れるいい状況にあるな、と。そんなにモチベーションが変わらない部分もあって、仕事も本気でやんないと、本当にそれで食べていくっていうのって大変だなっていうのも最近感じます。今も生活できるかできないかのギリギリのところで(笑)。共同通信社で一年間、『家族特集』というのがあって、記事と一枚写真を載せるんです。僕の中では『家族とはなんだろう』という疑問があるので、取材に行って、いくつかの家族に会って来て、いろんな話を横で聞きながら考えるんです。「いつから家族なんだろう」って。自分の家族がいつから家族なんだろうって。でも、考えても全然わかんない(笑)。
いつから家族...?
どこまでが家族なのかっていうのもあって。一番仲のいい友達が、家族なのかって言ったら、ちょっと違うということもあったりとか。今、家族って問い直されているってよく言うし、僕もそういう意味では家族の枠を超えたい。家族って血がつながってて、親と子だったりするんでしょうけど、もっと広くとらえていいと思うし、広くあるべきだと思っているところがあって。自分の付き合っている彼女だったりとか、友達とかまで家族と思えて、家族同様になれれば、そっちが理想だなあと思っています。そもそも家族って血のつながっていないところから出発するものですもんね。

(2009年7月 清澄白河の赤々舎にて)


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