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ヨコハマ文化情報 Yokohama's Cultural Information

Interview Nov. 2004
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インタビュー 吉行和子(女優) 時代を超えて思いをはせる一人の女の生きざま 一人芝居 MITSUKO-ミツコ 世紀末の伯爵夫人
吉行和子さんのひとり芝居『 MITSUKO 』が再び横浜で幕をあける。この芝居は明治の初期、当時のオーストリア・ハンガリー代理公使と恋に落ち、21歳でヨーロッパに渡った実在の人物、クーデンホーフ・光子の波乱万丈の生涯を描いたもの。初演以来13年、日本全国から海外まで、多数上演されている。吉行さんご本人に、その思いと見どころを語っていただいた。
「初演は13年前なんですが、実在の女性で、海外に出て日本を見た人がいいと思った。日本って島国だから、日本の中にだけいたら、良さも悪さもわからない。私も客観的に日本ってものを見てみたいって」
演出の大間知靖子さんがいろいろ探したあげく、見つけたのが<クーデンホーフ光子伝>だった。
「役をやるときって、自分に近いところを探していくんです。光子には子供が7人もいるんですが、私にはいませんし、伯爵婦人のハイソサエティの暮らしなんてまったく関係もない。でも、国際結婚なんか珍しい時代に好奇心だけで飛び込んだっていう無謀さみたいなものは共通してるなと思って、その辺に興味をもちました」
 吉行さんがここまできた道のりも、無謀だったと苦笑する。
「中3のときに、初めて芝居を見て、この世界に入りたいと思ったんです。でも、体も弱かったし、女優になるなんて考えもしなかった。お裁縫が得意だったので衣裳の係でもできればいいなと…」
 ところが、主役が風邪を引いたために代役で舞台に上がることになった。
「先輩たちが“どうせあの人は続かないわ”っていうのが聞こえちゃって、くやしくなって、私は女優になるって決心したんです」
 劇団をやめてフリーになったときも、珍しかったひとり芝居に挑戦したときも、できないんじゃないかと思うと、逆に闘志を持って飛び込んでしまうのだという。
「光子が32歳のとき、夫が急死して異国に残され、晩年はとてもさびしそうだったと聞きます。それでも、日本には帰らず、自分で責任をとって一生終える…。逃げなかった人生なんだなと思うと、とても共感を覚えます」
 お母さまのあぐりさんも、明治生まれ。夫が急死したあとも、泣き言一つ言わずに生きてきた。
「母の姿を見てたってことが、役に立っている部分はあると思います。母もこのお芝居を見ると元気になるって言うんです」
 特別な光子という女性ではなく、女の一生という意味で共通の思いを持って見て欲しいという。
「10年以上やっているので、世の中の動きが客席に現れる。最近は、戦争の悲惨さを語る場面などで、みんなが身近に感じているのが伝わってきて、そういう生身のおもしろさも感じます」
人物写真2
● よしゆきかずこ(女優)…東京都出身。劇団民芸を経て、現在舞台活動はフリーとなる。映画「折り梅」、TV「ふぞろいの林檎たち」など舞台、映画、ドラマに活躍、さらに「兄・淳之介と私」をはじめ著書も多数。2003年毎日映画コンクール 田中絹代賞受賞。
PICK UP INFORMATION
『MITSUKO-ミツコ
 世紀末の伯爵夫人
 吉行和子一人芝居 』
12/23 (木・祝)15:00 3,500円(ペア券6,000円)
会場:テアトルフォンテ お問い合わせ:045-805-4000
作・演出:大間知靖子 出演:吉行和子



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