「初演は13年前なんですが、実在の女性で、海外に出て日本を見た人がいいと思った。日本って島国だから、日本の中にだけいたら、良さも悪さもわからない。私も客観的に日本ってものを見てみたいって」
演出の大間知靖子さんがいろいろ探したあげく、見つけたのが<クーデンホーフ光子伝>だった。 |
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| 「役をやるときって、自分に近いところを探していくんです。光子には子供が7人もいるんですが、私にはいませんし、伯爵婦人のハイソサエティの暮らしなんてまったく関係もない。でも、国際結婚なんか珍しい時代に好奇心だけで飛び込んだっていう無謀さみたいなものは共通してるなと思って、その辺に興味をもちました」 |
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吉行さんがここまできた道のりも、無謀だったと苦笑する。
「中3のときに、初めて芝居を見て、この世界に入りたいと思ったんです。でも、体も弱かったし、女優になるなんて考えもしなかった。お裁縫が得意だったので衣裳の係でもできればいいなと…」
ところが、主役が風邪を引いたために代役で舞台に上がることになった。
「先輩たちが“どうせあの人は続かないわ”っていうのが聞こえちゃって、くやしくなって、私は女優になるって決心したんです」 |
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劇団をやめてフリーになったときも、珍しかったひとり芝居に挑戦したときも、できないんじゃないかと思うと、逆に闘志を持って飛び込んでしまうのだという。
「光子が32歳のとき、夫が急死して異国に残され、晩年はとてもさびしそうだったと聞きます。それでも、日本には帰らず、自分で責任をとって一生終える…。逃げなかった人生なんだなと思うと、とても共感を覚えます」 |
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お母さまのあぐりさんも、明治生まれ。夫が急死したあとも、泣き言一つ言わずに生きてきた。
「母の姿を見てたってことが、役に立っている部分はあると思います。母もこのお芝居を見ると元気になるって言うんです」 |
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特別な光子という女性ではなく、女の一生という意味で共通の思いを持って見て欲しいという。
「10年以上やっているので、世の中の動きが客席に現れる。最近は、戦争の悲惨さを語る場面などで、みんなが身近に感じているのが伝わってきて、そういう生身のおもしろさも感じます」 |