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《Untitled》、2007年、銅版画、H200xW165mm、Courtesy of YAMAMOTO GENDAI

《棗菊》 、2006年、銅版画、H120xW120mm、Courtesy of YAMAMOTO GENDAI

《酉》、2004年、銅版画、H138xW91mm、Courtesy of YAMAMOTO GENDAI
約10センチ角前後の小さな画面の中に、今にも動き出しそうな無数の動植物を途方もなく緻密に描きこんでゆく冨谷さん。制作に対する思いについてお話を伺いました。
冨谷悦子さん 画廊「山本現代」にて
大学では最初、油絵を専攻されていたんですね。
冨谷悦子(以下冨谷):専攻というか、芸大には版画科が存在しないので、絵画コースが3年生から絵画と版画に分かれるようになっていました。
じゃ、もう最初から版画を?
冨谷:そうですね。
版画に目覚めたのはいつ頃だったんですか?きっかけは?
冨谷:中学3年のときに選択の授業があって、銅版の代わりに透明のプラ版に針でひっかいてエッチングのようなことをやった時に「あ、これ、きれいだな」って思ったことがあって。 それが直接のきっかけになっているわけではないんですけど。それから、大学に入って細かいペン画みたいなものをやっていたんですが、2年生の銅板の実習のときに描いた線の感じが「これ、きたな」と思って、もう少しやってみたいなと思ったんです。
「きたな」っていうのは、版画でも細かさを表現できると思ったってこと?それとも、もっと細かいのができるなっていうことですか?
冨谷:もっとできるなって、ほうですね。ペンだとにじむ部分があるし…。でも版画は、そういう制約がないので。
版画のほうが細かく描けるんですね?
冨谷:はい、断然。
なぜ、その「細かさ」を追求しようと思ったんですか?
冨谷:私はデッサンが好きだったんですけど、予備校とかでやると時間が決まっていて、書き込むには限界があるんですよね。でも、モノって、実際は思っているよりも緻密で、省くところなんかないほど描くところがあるんです。
それは、例えばこのテーブルだったら、木目がもっと緻密にあるっていうこと?
冨谷:たとえば、これをデッサンするとしたら、だいたい形をとって、それっぽく見える程度に木目をつけて、という感じになると思うんですけど、実際には、もっと細かいすじが入っているし、色味だってもっと繊細じゃないですか。単純にそういうことなんですけど。「もっと描くところがあるのに!」って。
その「もっとある緻密なところ」をぼかしたりとか、なくしたりせずに表していこうと思ったのはなぜですか?
冨谷:ま、性分というか。
細かいのが好きだった?
冨谷:そうですね。
ほんとに細かいんですよね。皆さんに聞かれていると思うんですけど、肉眼で描いているのには、何かこだわりがあるんですか?
冨谷:レンズがあると邪魔かなと
よく見えますよね。エッチングって、ひっかいていくっていう感じなんですか?
冨谷:そうですね。
それは、ストレートに自分が描いていく線が出てくるものなんですか?それとも、版にしたときには、ちょっと違ってくる?
冨谷:腐食液にかけて薬品の力を借りるので、その時点で失敗することもあるし、描いたものは版画なので反転するし…最終的には出たとこ勝負みたいな感じです。でも、ちょっとそういうところも好きで。最後の最後は、あとはまかせた!って。
最後に反転するっていうところが面白いですね。
冨谷:そうですね。私のイメージの中では、どの作品も反転しているので、出来上がって動物を探すときも「あれ?あれ?」って。「このへんだったのに…えーっと、あ、これか」みたいに。正面から見た顔のバランスが難しかったりとか。
題材にしているのは、動物や草木が多いようですが、それはなぜですか?
冨谷:「生きている」っていうのが実感できるものがいいなと。自分が生きるために必要なことしかしない動物、お腹がいっぱいだと狩りもしないとか、黙っているけど生きている木とか、そういうものに惹かれるんです。
人物ではなくて、動物や植物に?
冨谷:人が出ることもあるんですが…。私たちが生きているうえで、普段目にする生き物って、人間が一番多いと思うんですが、本当はそうじゃないんじゃないかって思うんです。実際に目にしているものだけが全部じゃないというか、もっともっと自由なんじゃないかって。人間がいると現実に近すぎてしまうような気がして。
海のものだったり、地上のものだったり、空を飛んでるものだったりが一緒に画面の中に入ってくる作品もありますよね。
冨谷:それこそ絵の中くらい自由でいたいな…って。現実には、魚は空を飛ばないじゃないですか。人間は水中で生きれないし…。それが、残念だなぁって思うんです。水中を普通に生きられたらいいのになぁって。なので、絵の中ではそういう縛りのない自由な世界でもいいかなぁって。
このひとつひとつの動物とか植物がリアルなようで、本当にいるかどうかわからない、空想っぽいようなところもあるように感じるんですけど、これらを描く時には図鑑などを参考にしているんですか?
冨谷:そうですね。まずその図鑑を探す作業が大変です。題材によっては、同じ図鑑を何度も参考にしていたりすることもあります。この角度のこのポーズはこの図鑑が一番いいねなど、欲しい角度をひたすら探したり。
そうすると、動物だけでなく、植物もいろんな図鑑で?
冨谷:植物はそのまま描くというよりは、ちょっと参考にするくらいです。
図鑑は、そんなにたくさんあるものなんですか?
冨谷:そうですね。あとは自分のイメージで描きます。この動物のこの部分はこんな感じとか、別の動物からヒントを得た模様を入れたりとか。こじつけで。本物とはちょっとずつ違ったりしています。色もボリュームも質感もあるものを、線だけの絵にするので、見たままにはならないんですけど、あとは見て楽しめるように変えつつ…。
そうすると、動物園にはよく行くほうですか?
冨谷:よくは行かないですけど、この動物のこの角度が欲しいのに図鑑に載っていないという時などに、撮ってこようかなぁということはあります。この間、9月の初めにサファリパークに行きました。柵がない!やった!柵なし万歳!って大喜びして。でも、動物園の動物って野生じゃないですね。みんな丸々と太ってるなぁって思いました。
その目的は、題材にしたい動物の欲しい角度を得るために?
冨谷:そうですね。でも実物を見ると、写真で見るのと違ったりするんです。特に魚は「これって、こんなにうすっぺらいの?」とか発見があって「しまった!大きく描いちゃった」なんてこともありますね。
たくさんの動植物を画面に登場させるのは何か理由があるんですか?
冨谷:せっかくなら、たくさんいたほうが見ていて楽しいかなと。
動物がいる日常のようなものを描きたいんですね?
冨谷:彼らにとってはこれが普通ですっていうような、そういうのがいいんです。
じゃあ、この画面の中に集まってきている動物たちはお互いを意識したり、何か関係性があることもあるんですか?
冨谷:そいうこともあるような、ないような。関係性は時々あるのかな。
冨谷さんは、わりと小さめの作品が多いですよね。それは何かこだわりが?
冨谷:描いているうちに、擦れて版が傷ついて、刷った時に反映されてしまうことがあるんです。それで責任を持てる最大限のサイズでやっているということもありますし、プレス機のサイズという限界もあります。これで2ヶ月くらいかかるので、大きいともう…。
2ヶ月くらいっていうのは、版を作ることに?
冨谷:そうですね。結構時間がかかってしまって。時々、思いのほか手がかかる子(作品)がいると「これって、こんなに時間がかかる予定ではなかったのに」「何でこんなに時間がかかってんの」って思うこともあります。
じゃあ、この画面の中に集まってきている動物たちはお互いを意識したり、何か関係性があることもあるんですか?
冨谷:そいうこともあるような、ないような。関係性は時々あるのかな。
いやになっちゃったりすることも?
冨谷:あります。「もう、いや!」ってなるけど、本当にやめちゃいたいと思うことはないです。完成するとうれしいですし、完成したところを見たいですから。
動物たちとか、蝶とか色彩的にすごくきれいなものがあったりするんですけど、色をつけたいとは思わなかったんですか?
冨谷:そうですね。そう思うこともあるんですけど、白黒の中できれいに見せるっていうことにも楽しいところもあって。
絵を見にいらした方の感想で、うれしかったことは?
冨谷:やっぱり「好きです」って言ってもらえるのがうれしいです。「これが好きです」って言われるのが一番。
作品は無題が多いようですが、あえて題名をつけないんですか?
冨谷:見る人のじゃまになるかと思って。
そこも自由に見てほしい?
冨谷:そうですね。私も見るときには題名を見ないので。キャプションとか題名とかも一切見ないで絵を見たいほうなので。
じゃあ、あえてつけているのは、何か特別に強く伝えたいものがあるんですか?
冨谷:伝えたいというよりは、単純に、つけなきゃいけないもの、と思い込んでいたっていうことのもあったし、題名と言葉で先にイメージができているときには、つけることもあります。
ご家族の方は、絵を見て何とおっしゃってますか?
冨谷:老眼鏡がないと見えないって。(笑)
動物が他にもいるんじゃないかって見つけ出すのが楽しいですね。何かこういうところに飾りたいなぁとかありますか?
冨谷:いえ、特には。
ご自宅でも自分の作品は飾っていますか?
冨谷:飾ってないです。試し刷りをしたものをファイリングして、すぐ見られるようにしてはあるんですけど…。飾ってもらうのもいいんですが、どちらかというと手にとって見るっていうイメージが強いですね。気楽にベッドに寝そべって見てもらうのが一番いいかなと思います。
(2008年9月 画廊「山本現代」にて)
1981年愛知県生まれ。07年東京芸術大学大学院修了。06大学院在籍中に個展「棗菊」(山本現代、東京)でデビュー。グループ展は06年「Alllooksame? Tuttuguale? Art China Korea Japan Art exhibition」(サンドレッド・レ・レバウデンゴ財団、トリノ)、07年横浜美術館ボランティアが出逢ったー「若きアーティスト」展(横浜美術館)、「六本木クロッシング2007 未来への脈動」(森美術館、東京)など。
●12/9(火)~2009年1/25(日)
「ANIMAL FANTASY イヌイト・アート&動物たち」
〈会〉北海道立近代美術館
手のひらにおさまるほどの小さな画面に緻密に描き込まれた草花や動物たち。画面からは植物の色や香り、生き物たちの毛皮や羽根の柔らかな手触りや息づかいが感じられます。自らの内に構築した世界を確かな目と手で再現することのできる彼女。これからも私たちにまだみたことのない世界への窓を開いてみせてくれるにちがいありません。