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港町・横浜が他都市に先駆けて輸入したものは数多くある。アイスクリーム、マッチ、ガス灯、石鹸…。このことは横浜が「ジャズのふるさと」と呼ばれることと関係があるのかもしれない。ジャズは港町横浜で独自の進化を遂げてきた。ジャズに関する著作が多数あり、横浜をこよなく愛する評論家、平岡正明さんによると、近時の横浜とジャズのあいだには3つの大きな柱があったという。

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まずは1999年の横濱ジャズプロムナード。この年はジャズ界の巨匠、デューク・エリントンの生誕100周年に当たる年であった。これを記念して、柴田浩一ジャズプロ企画運営委員は参加するバンドに必ず1曲はエリントンの曲を演奏するよう働きかけた。自由奔放なジャズ奏者がこれに賛同したことにより、横浜のジャズに1本背骨が通った。柴田氏は、当時の米大統領ビル・クリントン氏に「貴国の文化ジャズの上陸を許した横浜のイベントに、貴殿もきっと楽器を持って駆けつけてくれることと存じます(略)」という内容の手紙を出したという。残念ながら返事はなかったそうだが。
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2本目の柱は、昨年ニューオーリンズがハリケーンの被害にあったとき、横浜のジャズ関係者がいち早く募金活動をし、被災地に届けたことだ。その迅速な対応に世界中が驚き、尊敬の眼差しを向けた。ニューオーリンズといえばジャズの都。ハマっ子のジャズに対する思いは、このような形でも表れている。
そして、横浜のジャズを支える一番大きな柱は、ジャズを愛する“人”である。野毛にある有名なジャズと演歌の酒場「パパジョン」は9000日を越える連続営業記録を持つ店だ。今日もその記録を更新している。こういうオヤジさんが街にいて、横浜のジャズを支えている。こうある限り横浜とジャズの関係は安泰だ。

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横浜は、他の都市と違って決してジャズを大音量で流したりはしない。大きすぎず小さすぎず、ちょうどいい音量を守る。平岡さんは、このほどよい音量を“中音量”と表現し、それはハマっ子の“良識”の表れなのだと言う。会話を邪魔しない音量でジャズを流すこと、それは文化が成熟している証。むやみに大音量にしなくとも、皆ちゃんと聴いているのだ。何より中音量のジャズはスッと身体に入ってくる。
平岡さんによると、そのためには「軽い疲労が必要」なのだそうで、ぜひ、横濱ジャズプロムナードに参加した際は横浜の街をあちこち歩き回ってほしい。心地よい疲労感を覚えた頃、耳にジャズが聴こえてくるだろう―もちろん、中音量で。
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